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讃美歌21 436番 十字架の血に
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「立ち上がれ」
エフェソの信徒への手紙 5章 6~13節
関口 康
「眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」
今日の箇所の中心的な言葉は「光の子として歩みなさい」(8節)です。直前に「あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています」と記されています。この箇所で描かれているのは、キリスト者の教会生活の始まる“前”と“後”の違いです。「光の子」は教会生活を営むキリスト者であり、その反対の「闇の子」はそうでない人々です。ただしこの描き方には人の心を傷つける要素があります。今の説明が間違っているという意味ではありませんが、慎重な配慮を要する箇所であることは間違いありません。
「むなしい言葉に惑わされてはなりません」(6節)、また「彼らの仲間に引き入れられないようにしなさい」(8節)とあります。文脈上は明らかに、教会の外にいる人々が「むなしい言葉」を語っているので、その仲間に加わらないでくださいという意味です。しかし、そのように言えば、強い反発が返ってくるでしょう。「教会は、なんと鼻持ちならない人々か。自分たちだけが正しく、他のすべての人が間違っているかのように言う」。この批判には真摯に耳を傾ける必要があります。
別の見方ができなくはありません。それは、「光の子」と「闇の子」を区別することと、教会に属するか属さないかは無関係である、という見方です。日本では「無教会」の方々は、いま申し上げた立場をお採りになります。しかし、その方法では問題は解決しません。少なくとも今日の箇所で言われている「光の子」は「教会の交わり」から離れては存在しません。
ただし、その場合の「教会」の意味は場所や建物ではありません。神の言葉が語られ、聞かれ、神の御子イエス・キリストの十字架の贖いの福音を共に信じ、互いに助け合い、さらに聖餐式や愛餐会を通して共に食卓を囲む信徒同士の交わりこそが「教会の交わり」です。
特に最後に挙げた聖餐式と愛餐会は、教会の最も“物理的な”要素です。一例だけ挙げます。今もコロナ禍が完全に収束していると考えている方はおられないと思いますが、とらえ方は多様でしょう。最もひどい状態だった頃、それでも聖餐式を続けなければ、と苦心なさった教会の話を最近聞きました。
その話の中に、インターネットの動画で礼拝堂と各自の家庭をつなぎ、礼拝堂では牧師と役員で聖餐式を行い、各家庭にとどまっている方は各自でパンと杯を準備し、同じタイミングで飲み食いしたという事例が含まれていて、驚きました。私はいま、その方法をお採りになった教会を批判したいわけではありません。その方法に問題があるとしたら、それで「共に食卓を囲んだ」ことになるかどうか、「教会の生きた交わり」であると言えるかどうかにかかっているでしょう。
教会の交わりに“物理的”要素があることの意味は、わたしたちのカラダを持ち運んで集まることが大切だ、ということです。牧師は牧師館の中に住まわせていただき、移動の苦労が無いので、「教会の生きた交わり」に参加するために多くの時間や労苦を費やされている皆さんに申し訳なく思っています。しかし、私も今年1月の半ばから左足に強い炎症を患い、立つのも歩くのも難しい状態を1か月過ごしました。少しでも皆さんに寄り添うことができたのでは、と思います。
「教会の生きた交わり」に参加することに、隣人の前に姿を現すことが含まれています。それが「光の子として歩むこと」と無関係でないことを今日の箇所が教えてくれています。たとえば「あなたがたの間では、聖なる者にふさわしく、みだらなことやいろいろの汚れたこと、あるいは貪欲なことを口にしてはなりません。卑猥な言葉や愚かな話、下品な冗談もふさわしいものではありません。それよりも、感謝を表しなさい」(3~4節)はすべて隣人との関係性の問題です。
自分ひとりの部屋で何を言おうと何をしようと自由です。しかし、この箇所では、何を語り、何を行うかが問題になっています。ひとりでいるときには問題にならないことが、隣人の前では問題になります。これで分かるのは、「光の子として歩むこと」には、隣人の前に自分の姿を現すことを含んでいるということです。自分以外の隣人と“物理的に”出会うことを含んでいます。「教会」は場所でも建物でもありません。そうではなく、人間関係です。
その意味で「光の子」の「光」は、文学表現にとどまらず、“物理的な”「光」を含んでいます。照明器具だけの問題にしてしまえば、自宅の室内にいるほうが外出中より明るい場合があるかもしれませんが、聖書の時代状況には当てはまりません。
“物理的な”要素に偏りすぎると精神的な要素が弱まるかもしれません。今日私がお話ししていることも、聞けば聞くほど、ただの道徳の話に聞こえるかもしれません。まして私は、現時点ではまだ学校の教室で生徒に教える仕事を続けています。立場上、生徒に言わなくてはならないのは、「早起きしなさい。いつまでも寝ていないで、ベッドから立ち上がれ。授業に遅れないように。授業中に居眠りしないように」というようなことばかり。それと同じことを教会でも言いたいのかと思われるかもしれません。そのように皆さんから問われたら「違います」と答えたい気持ちが起こらないわけではありませんが、「その面も含まれています」と答えざるをえません。ただし、わたしたちが教会の礼拝に出席することは、義務や責任ではなく、恵みであり祝福です。
今日の朗読範囲のすぐ後に「眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。そうすれば、キリストはあなたを照らされる」(14節)と記されています。この言葉にはカギ括弧がつけられています。どの書物からかの引用であると考えられていますが、どの書物なのかは不明です。しかし、旧約聖書のイザヤ書60章1節に似ているという指摘があります。
イザヤ書60章1節には「起きよ、光を放て。あなたを照らす光は昇り、主の栄光はあなたの上に輝く」と記されています。これも精神的な意味だけでなく、“物理的な”意味が含まれています。
「らくだの大群、ミディアンとエファの若いらくだが、あなたのもとに押し寄せる。シェバの人々は皆、黄金と乳香を携えて来る。こうして、主の栄誉が宣べ伝えられる。ケダルの羊の群れはすべて集められ、ネバヨトの雄羊もあなたに用いられ、わたしの祭壇にささげられ、受け入れられる」(イザヤ60章6~7節)は、砂漠の長旅を経てエルサレム神殿の礼拝に集まる人々の姿を描いています。しかもそれは、バビロン捕囚後の神殿再建の希望の幻として描かれています。
今日の礼拝に出席してくださっているみなさんの中で、いちばん遠くから来られた方はどなたでしょうか。「らくだ」で来られた可能性は低いでしょう。電車か自動車の長旅を経て来られたに違いありません。その方は、昨夜は何時に就寝され、今朝は何時に起床され、何時に出発なさり、途中の渋滞や混雑を経て、どんな思いで来られたでしょう。家が近い方々はラクをしておられるという意味ではありません。わたしたちの教会生活は一日にしてならず、と申し上げたいです。礼拝をささげ続けるだけでも多くの苦労があります。そのうえで、わたしたちのすべての労苦に神が「光」を当て、報いてくださいます。「光の子として歩む」とは、そのようなことです。
(2024年2月18日 聖日礼拝)
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「命の言」
ヨハネの手紙一1章1~4節
関口 康
「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。」
今日開きました聖書の箇所は、新約聖書のヨハネの手紙一の冒頭部分です。1章1節から4節までを司会者に朗読していただきました。
「ヨハネの手紙」と題される文書は三つあります。そのうち「二」(第二の手紙)と「三」(第三の手紙)には、「長老のわたしから」と記されていて、「長老」を名乗る人物が書いた文書であることが明らかにされていますが、「一」(第一の手紙)の中には著者についての情報がありません。
ヨハネス・シュナイダーという聖書学者によると、「ヨハネ福音書とヨハネの第一の手紙の著者は同一人である」とされます(『NTD新約聖書註解 第10巻公同書簡』日本語版1975年、307頁)。しかしシュナイダーは、ヨハネ福音書とヨハネの手紙一の著者はイエス・キリストの12人の弟子の中の使徒ヨハネが書いたとするキリスト教会の伝統的な理解に立つわけではありません。使徒ヨハネではない別の誰かが書いたものであるが、今日まさにわたしたちが開いている冒頭部分の記述内容からして、主イエスの地上の生涯と活動を目の当たりにした人物が書いたものであるとしています。私も基本的にその線で同意します。
ヨハネの手紙一の冒頭部分に書かれているのは、「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について」(1節)という言葉です。この「命の言(ことば)」は「聖書」という言葉で置き換えることはできません。そうではなく、ヨハネによる福音書の冒頭部分に記されている言葉が思い起こされるべきです。「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった」(ヨハネ1章1~5節)と記されているあの言葉です。
そうです、「命の言(ことば)」とは、真の救い主イエス・キリストのことです。人間を照らす光としての命の言はイエス・キリストご自身です。ヨハネの手紙一の冒頭部分に、その「命の言」を著者自身が「聞き」、「目で見」、「よく見」、「手で触れた」と記されています。これは明らかに、イエス・キリストと著者との間に直接的なかかわりと交わりがあったことを意味しています。
ヨハネの手紙一の「初めからあったもの」の意味は、ヨハネ福音書の「初めに言があった」と呼応しています。ヨハネ福音書の続きに「万物は言によって成った」とあるとおり、「初めから」の意味は「天地創造よりも前」です。神は天地創造のとき「光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれ」(創世記1章4~5節)ました。これは、神が天地創造のとき「時間」を創造されたことを意味します。その「時間の創造」より前を指すのが今日の箇所の「初めから」の意味であり、ヨハネ福音書1章1節の「初めに言があった」の意味です。つまり、イエス・キリストは「時間の創造」よりも先におられた“永遠の存在”であるという信仰をヨハネ福音書もヨハネの手紙一も告白しています。
続きを読みます。「この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです。わたしたちが見、また聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためである。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです」(2~3節)。
この言葉の意味を、正しく理解すべきです。この手紙の中で一度も自分の名を名乗っていない著者は、主イエスの地上の生涯と活動を目の当たりにした人物であることを明らかにしています。しかし、この人はそのことを自分の特権であると考えていません。「わたしとイエスさまは直接の知り合いだけれども、当時イエスさまと関係を持っていなかったあなたはそうではない。わたしとあなたは違うのだ」というような仕方で、自分の優位性を主張し、相手を見下げるような考えは全く持っていませんでした。そうではなく、わたしはイエス・キリストの福音を宣べ伝えるのだ、その福音を信じる人はだれでも、主イエスの声を直接聞き、その生涯と活動を直接見、手で触れたわたしたちと全く同じ交わりの中に入ることができるのだと、心から信じていました。
そうでないなら、教会の存在は無意味です。宣教は無意味です。主イエスの地上の生涯と活動を直接知っている二千年前の最初のひと握りの人たちだけが特別扱いされ、それ以外の人たちはその他大勢扱いされるだけであるのであれば。
ヨハネの手紙一とヨハネ福音書の共通の著者の確信は、それとは正反対です。直接の知り合いであろうとなかろうと、そのこと自体は問題でない。ユダヤ人だろうと異邦人だろうと、豊かだろうと貧しかろうと関係ない。宣べ伝えられた福音を信じる人はだれでも、国境も人種も時代もすべて超えて、御父と御子の交わりに入ることができるし、その関係は平等である。だからこそ、わたしたち教会は、あらゆる困難を乗り越えて福音を宣べ伝えるのだと、心から信じていました。
「交わり」と訳されているギリシア語は、コイノニアです。ここでの意味は「参加すること」です。かつての英国聖書学の権威者C.H.ドッドは英語の「パートナーシップ」を意味すると理解しました。しかし、くれぐれも誤解のないように。「御父と御子イエス・キリストとのコイノニア(交わり)」を与えられた人は、神の“第四位格”へと組み入れられて、「父・子・聖霊・わたし」の四位一体(The Quaternity)にはなりません。「いち人間」として、しかし、他のキリスト者と比較して「自分はあの人より下だが、あの人より上だ」などと高ぶったことを考えるべきでなく、神の前で平等な「いちキリスト者」として、教会に参加し、伝道と教会形成のわざを通して神と教会に仕える人生を送ることができる、という意味です。それ以上でもそれ以下でもありません。
ヨハネの手紙一の冒頭部分は「わたしたちがこれらのことを書くのは、わたしたちの喜びが満ちあふれるようになるためです」(4節)で締めくくられます。「これらのこと」はそれ以前の1節から3節までだけを指していません。そうではなく、この手紙全体を指します。さらに広げて、教会のすべての宣教を指すと言っても過言ではありません。ヨハネ福音書にもイエス・キリストご自身の言葉として同じ趣旨のみことばがあります。「これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである」(ヨハネ15章11節)。
宣教の目的は「喜び」にある、ということです。「命の言(ことば)」としてのイエス・キリストが来てくださったのは、世界を喜びで満たすためである、ということです。
使徒パウロも書いています。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」(テサロニケ一5章16~18節)。
わたしたちの今週1週間が、喜びに満たされたものでありますよう、お祈りいたします。
(2024年1月28日 聖日礼拝)
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「恵みの選び」
ガラテヤの信徒への手紙 1章11~24節
関口 康
「しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされ(ました)。」
今日の箇所は、使徒パウロのガラテヤの信徒への手紙1章11節から24節までです。この手紙の最初の 2 章(1~2章)の主旨はパウロの自己弁明です。わたしパウロは「使徒」であるということ。他のすべての使徒と完全に対等の存在であるということ。そのことを強く主張しています。
反発される可能性があります。パウロも人の子だった。人には傲慢をいさめ、謙遜を勧める。しかし、結局は自分と他の使徒を比較して地位や順位を競っているだけではないか。そのようなそしりを受けることをパウロ自身が知らずにいたとは思えません。しかし、パウロはだれが何と言おうと自分が「使徒」であることを弁明せざるをえませんでした。なぜなら、彼の敵対者たちが彼から「使徒」の呼び名と権利を剥奪しようとしたからです。
聖書で「使徒」と呼ばれるのはイエス・キリストの12人の弟子です。ただし、使徒のひとりのイスカリオテのユダが自害した後、くじ引きでマティアが選ばれ、ユダの穴埋めをしましたので、マティアも「使徒」です。しかし、パウロは自ら「使徒」を名乗ります。それはイエス・キリストの啓示によると主張します。そして自分は「使徒」である以上、他の使徒と同等の権威を持っているので、他の使徒たちに従属する立場になく、反論する権利があることを主張しました。
牧師は使徒ではありません。しかし、パウロの言い分は、牧師たちにはよく分かるものです。使徒と牧師の働きは本質的に同じです。旧約聖書の預言者も同様です。牧師は預言者でもありません。しかし、働きは本質的に同じです。神の言葉を預かり、民に伝えることです。
だからこそ、牧師にはパウロの言い分がよく分かります。だいたいいつも「あの人は神の言葉を語るにふさわしくない」と思われているものだからです。パウロは牧師たちの代弁者です。
「兄弟たち、あなたがたにはっきり言います。わたしが告げ知らせた福音は、人によるものではありません。わたしはこの福音を人から受けたのでも教えられたのでもなく、イエス・キリストの啓示によって知らされたのです」(11~12節)とパウロは記します。
これは、「福音」(喜びの知らせ)は人間が考え出したものではなく、人間から教えられたものでもなく、イエス・キリストの啓示によるという意味です。
「イエス・キリストの啓示」とは、イエス・キリストが十字架にはりつけにされたゴルゴタの丘とその先から始まるキリストによる新しい歴史を指しています。新約聖書のどこにも「啓示」という言葉で「聖書」を意味させる箇所はありません。啓示は人が常に携帯できる物ではありません。「啓示」の意味は、隠されていたものを明らかにすることです。明らかにするのは神ご自身です。聖書の知識の伝達ではなく、神がご自身の御心(エウドキア=神の喜び)を人の心に開示することです。それを人は「信仰」という方法で受信し、理解します。
「あなたがたは、わたしがかつてユダヤ教としてどのようにふるまっていたかを聞いています」(13~14節)とあるのは、だれか特定の人がガラテヤ教会の人々にパウロの過去を言いふらしたという意味よりも、次の二つの意味の可能性を考えるほうがベターです。
ひとつは、パウロがユダヤ教徒として熱心かつ忠実であったことを、多くの人が知っていた。つまり、彼は有名人だったということです。
もうひとつの意味は、ガラテヤ教会はパウロの第1回伝道旅行の成果として生み出された教会であり(これは「南ガラテヤ説」に基づく理解です)、ガラテヤ教会の人々にパウロ自身が自分の過去を直接話したことがある、という意味です。
彼の過去とは、「徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていた」過去です。「神の教会」とはキリスト教会のことです。「神がお立てになったキリスト教会」です。しかし、その後パウロはユダヤ教から完全に距離を置くことになりました。「キリスト教」という言葉は、当時からありました。キリスト教とユダヤ教には完全な区別があり、2つの異なる領域です。
パウロは、神のみわざとしてのキリスト教会を破壊していた自分の罪を告白します。彼が迫害したのはエルサレムの教会だけでなく、外国の都市のキリスト者を迫害しました。パウロは自分が「神の教会」を迫害したことを思い出すたびに自分自身に失望しました。その罪から救われ、今の自分があるのは神の恵みによることを強く自覚し、神への感謝を忘れなかった人です。
ユダヤ人の生活は、少なくとも外面的には、完全に律法のおきてに従っていましたので、道徳的には非の打ち所がありませんでした。しかし、それらすべてが、そのまま彼の罪だと分かりました。絶対的な宗教的確信が「神の教会」を滅ぼそうとする力の源泉になっていたのですから、方向転換のためには神の雷(かみなり)が必要でした。彼は一方の絶対的な信仰から解放され、過去のものとは全く異なる、全く新しい意味でのイエス・キリストにおいて啓示された福音への絶対的な信仰へと回心しました。それは最も難しい方向転換です。神のわざそのものです。
パウロは自分の「回心」の事実を、エレミヤ書1章5節の言葉を借りて述べています。「しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされ……」(15~16節)。
預言者エレミヤに示された主の御言葉は次のとおりです。「わたしはあなたを母の胎内に造る前からあなたを知っていた。母の胎から生まれる前に、わたしはあなたを聖別し、諸国民の預言者として立てた」(1章5節)。
「母の胎から生まれる前に」の最も中心的な意味は、預言者としての資格のあるなしは本人の努力によらないということです。神の言葉を預かり、民に伝える働きにふさわしいかどうかは、人間が決めるのではなく、神ご自身が決めることです。神が恵みによって選んだ人だけが、神の言葉を民に伝える働きに就くことができます。その真理は永遠に変わりません。
パウロは、回心から 2 年後、エルサレムの使徒ペトロを訪問します。これはパウロが真の使徒になるために通るべき巡礼だったことを意味しません。パウロの意図はペトロへの自己紹介です。ペトロはキリスト教会の最高権力者でした。パウロがペトロのもとに行ったのは人々が彼を信頼しないからです。しかし、パウロはペトロの弟子になりたかったのではありません。パウロは誰の弟子でもなく、イエス・キリストの使徒です。「キリスト・イエスの僕(しもべ)(ドゥーロス=奴隷)」であるとすら名乗っています(ローマ1章1節)。僕は主人以外の誰にも従いません。
パウロは、他のだれかが築いた土台の上に立って、伝道と牧会のわざに就くことをよしとしませんでした。パウロは孤独を恐れませんでした。孤独を恐れる人に、異邦人伝道の使命を果たすことは不可能です。孤独を恐れる人に、神の言葉を民に伝える職務は果たせません。「神が恵みによってこのわたしを伝道者として選んでくださった」という確信のみが伝道者を支えます。
(2024年1月14日 聖日礼拝)
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「死から命へ」
エフェソの信徒への手紙2章1~10節
関口 康
「事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるものではなく、神の賜物です。」
今日は2024年最初の聖日です。今年1年も、わたしたちが各自の持ち場にあって、家庭や職場や地域社会の中で、主の前で謙遜に歩むことができますようお祈りいたします。
今日の聖書箇所は、エフェソの信徒への手紙2章1節から10節までです。この箇所に記されているのは、イエス・キリストを信じる信仰を神の恵みとして与えられ、かつイエス・キリストの体なる教会に連なって生きるわたしたちへの励ましの言葉です。
ただし、これはたしかに励ましですが、単なる現状肯定や無批判な受容ではなく、わたしたちが謙遜であり続けることを求めるニュアンスが含まれています。それは、謙遜でない人を戒め、教会生活の原点としての洗礼の教えに立ち返ることを求めるニュアンスです。
今日の箇所に出てくる印象的な言葉は「あなたがた(わたしたち)は死んでいた」です。1節に「あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいたのです」とあります。4節以下にも「憐れみ豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし(中略)キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました」とあります。
両者の共通点は「死ぬ」という言葉が出てくることですが、その意味はどちらも、キリスト者であるわたしたちは「これから」死ぬのではなく「以前」または「かつて」死んでいたということです。しかしその「死んでいた」わたしたちが「生きる者」となるというのですから通常の生活感覚の逆です。普通は、生きている人が亡くなる。しかし、その反対のことが言われています。つまり、ここで言われているのは生物学的な意味の「死」ではありません。宗教的な意味です。
生物学的には「生きている」状態であるが、宗教的には「死んでいる」状態とは何でしょうか。その違いは、神との関係です。神との関係が途絶えていることが宗教的な意味で「死んでいる」状態であり、反対に、神との関係が回復し、遮断していたのに再接続できるようになったことが「生きている」または「生き返った」状態です。イエス・キリストの死と復活によって、キリストと結ばれたわたしたちの存在まで死んでいた状態から生きている状態へと切り換えられました。
それでは、以前は「死んでいた」わたしたちが「生きている」者になった転機はいつかというと、それは「洗礼」であるというのがパウロの教えです。パウロは「キリストと共に死ぬこと」と「洗礼」の関係を明確に語っています。
代表的な箇所はローマの信徒への手紙6章3節以下です。「それともあなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けたわたしたちが皆、またその死にあずかるために洗礼を受けたことを。わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました」。
コリントの信徒への手紙二5章14節以下にも同じ趣旨の言葉があります。「わたしたちはこう考えます。すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです」。
いま2か所、パウロの言葉を読みました。両者に共通するのは、イエス・キリストが死んでよみがえったのは、罪によって死んでいたわたしたちが生きる者になるためであるという信仰の教えです。そして興味深いことは、ローマの信徒への手紙でも、コリントの信徒への手紙二でも、パウロがこの教えを前面に打ち出す文脈の意図は、キリスト者である者たちこそ「謙遜」であるべきことを教えることにあるという点です。
それは、わたしたちはもはや自分のために生きているのではなくキリストのために生きているのだから、自分を誇り、不遜な態度をとるのはやめようではないかと呼びかける文脈です。第二コリント書に至っては、パウロとコリント教会が激突した状態で、教会の内部にパウロを激しく批判する人々がいることを知りつつ、イエス・キリストの弟子としてふさわしい謙遜と冷静さを取り戻すことを呼びかけるために書かれた手紙です。そのためにパウロは、すべてのキリスト者が経験している「洗礼」の事実に立ち返ることを訴えています。
それでは、なぜわたしたちが「以前」死んでいたのかといえば、罪の奴隷だったからです。命をもたらす神の支配下ではなく、死をもたらす罪の支配下にいたからです。今日の箇所の3節に記されている「わたしたちは皆、こういう者たちの中にいて、以前は肉の欲望の赴くままに生活し、肉や心の欲するままに行動していたのであり、ほかの人々と同じように、生まれながら神の怒りを受けるべき者でした」が、罪の奴隷状態にある人間の姿を表しています。
誤解なきように気をつけたいのは、3節の言葉には、今はキリスト者になっている人たちが以前は「こういう者たち」や「ほかの人々」の中にいたということを責める意図があるわけではないことです。そのように理解すると、教会の交わりに参加していない人々を軽蔑したり攻撃したりする意味になってしまい、ファリサイ主義の罠にかかっています。
重要なことは、「『あんな人たち』の中にいた過去」から「『こんな人たち』の中にいる現在」へと陣地換えしたかどうかではなく、罪の奴隷状態であることから解放されているかどうかです。洗礼を受けてイエス・キリストの体なる教会の一員になったとき、それ以前の生き方とは180度方向転換すること、すなわち「回心」(conversion)が起こったかどうかです。
そして、その「回心」との関係で特に重要なことは、今日の箇所の8節以下の言葉です。「事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。行いによるのではありません。それは、だれも誇ることがないためなのです」。
ここに再び、キリスト者である者こそ「謙遜」であるべきことを強く訴える教えが出てきます。信仰ですら、あるいは信仰こそ、熱心かどうかの競争を、教会の中ですら、あるいは教会の中でこそ、全力で始める人々がいつの時代にも登場するので、それを強く戒める言葉が、ここに出てきます。信仰は自分の努力や行いではなく神の賜物である。したがって、わたしたちが「信仰によって義とされる」ことの中に、いかなる意味でも本人の努力や業績に対する評価の要素はない、ということを意味します。神から「頂戴した」(プレゼントされた)信仰を、まるで自分の努力の成果や勲章のようにとらえることは許されていません。
そのような事情であることを、わたしたちひとりひとりが理解したうえで、謙遜に生きることができるようになるための訓練場がイエス・キリストの体なる教会です。ただし、教会的な意味での「謙遜」は、一般的な礼儀作法の問題ではありません。自分の名誉のために生きているか、それとも、神の栄光を現すために生きているかの問題です。その評価は神がしてくださいます。
(2024年1月7日 聖日礼拝)
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「天に栄光、地に平和」
ルカによる福音書2章8~20節
関口 康
「『あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。』すると突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。『いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。』」
クリスマスおめでとうございます!
今日の聖書箇所は、ルカによる福音書2章8節から20節です。イエス・キリストがお生まれになったとき、野宿をしていたベツレヘムの羊飼いたちに主の天使が現われ、主の栄光がまわりを照らし、神の御心を告げた出来事が記されています。
「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ、主メシアである」(10節)と、天使は言いました。
天使の名前は記されていません。ルカ福音書1章に登場するヨハネの誕生をその母エリサベトに告げ、また主イエスの降誕をその母マリアに告げた天使には「ガブリエル」という名前が明記されていますし、ガブリエル自身が「わたしはガブリエル」と自ら名乗っていますが(1章19節)、ベツレヘムの羊飼いたちに現われた天使の名前は明らかにされていません。同じ天使なのか別の天使なのかは分かりません。
なぜこのようなことに私が興味を持つのかと言えば、牧師だからです。牧師は天使ではありません。しかし、説教を通して神の御心を伝える役目を引き受けます。しかし、牧師はひとりではありません。世界にたくさんいます。日本にはたくさんいるとは言えませんが、1万人以上はいるはずです。神はおひとりですから、ご自分の口ですべての人にご自身の御心をお伝えになるなら、内容に食い違いが起こることはありえませんが、そうなさらずに、天使や使徒や預言者、そして教会の説教者たちを通してご自身の御心をお伝えになろうとなさるので、「あの牧師とこの牧師の言っていることが違う。聖書の解釈が違う。神の御心はどちらだろうか」と迷ったり混乱したりすることが、どうしても起こってしまいます。
もし同じひとりの天使ガブリエルが、エリサベトにもマリアにもベツレヘムの羊飼いたちにも、さらにマタイ福音書に登場するヨセフにも、東方の占星術師たちにも現れたということであれば、天使自身は神ではありませんが、情報源が統一されている点で、聴く人や状況によって神の御心の内容が違って聴こえることは起こらないので、不統一よりは安心できるかもしれません。
ところで、ベツレヘムの羊飼いに現われた天使が「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる」(10節)と言いました。しかしこれは翻訳のひとつの可能性です。原文には4つの単語が並んでいます。「ユーアンゲリゾーマイ・ヒューミーン・カーラーン・メガレーン」ですが、最初の「ユーアンゲリゾーマイ」だけで「喜びを告げる」(announce glad tidings)という意味になります。「ヒューミーン」は「あなたがたに」(to you)。「カーラーン」は「喜び」(joy)。そして「メガレーン」が「大きな」(great)です。つまり「喜び」が“ダブって”いるということです。さらに「大きな」(great)で“ブースト”されています。とても大きな喜びです。
その内容は「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ、主メシアである」(11節)です。この言葉を厳密に理解することを求める方々は、「あなたがたのために」(to you)とは誰のためかが気になるはずです。大別して3つの可能性が考えられます。
第一に、「民全体」(10節)をイスラエル民族に限定して「あなたがたイスラエル民族のために」。その場合は、イスラエル王国の再建を目標とする人にとっての喜びを意味します。
第二に、ベツレヘムの羊飼いに限定して「あなたがたベツレヘムの羊飼いのために」。その場合は、差別の対象になっていた羊飼いの苦境と関係し、弱い立場の人にとっての喜びを意味します。
第三に、すべての限定を解除して「全人類のために」。まさにすべての人にとっての喜びです。クリスマス礼拝のメッセージとして最もありがたいのはこの可能性でしょう。私も同意します。ただし、自分の読みたいように読む、というのは危険な面があることは覚えておくべきです。
しかし、第三の読み方にも根拠があります。天使の言葉の中で「救い主」(ソーテール)、「主」(キュリオス)、「メシア」(クリストゥス)と、それぞれ意味が異なる3つの称号がイエスさまに当てはめられています。「救い主」(ソーテール)と「主」(キュリオス)はどちらもローマ帝国の皇帝が自ら名乗り、周囲に呼ばせた称号です。その称号がイエスさまに当てはめられたのです。それはつまり、地上におけるソーテールでありキュリオスである存在は、あの独裁者ローマ皇帝ではなく、今宵生まれたイエスさまである、ということが明確に示されたことを意味します。
そして「メシア」(ギリシア語でクリストゥス)は、ユダヤ人たちが長い歴史の中で待ち望んだ存在です。つまり天使が「あなたがたのために救い主(ソーテール)がお生まれになった。この方こそ、主(キュリオス)メシア(クリストゥス)である」と羊飼いたちに告げている言葉の中に出てくる3つの称号の意味は、ユダヤ人のためにも、異邦人(=「ユダヤ人以外の人々」を指す)のためにも、すなわち「全人類」(=ユダヤ人+異邦人)のためにイエスさまはお生まれになった、という意味であると理解できます。
天使は最後に「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」(14節)と言いました。これも翻訳のひとつの可能性です。しかも、この言葉は歴史や国境を越えて多くの人に誤解されてきた事実があることを指摘しておきたいと思います。
特に誤解されてきたのは後半の「地には平和、御心に適う人にあれ」です。私も誤解していたことを正直に告白します。「御心」は「神の御心」です。しかしそうなりますと、「神の御心に適う人(だけ)に平和が訪れますように」という意味なのかと考える人が必ず現れるでしょう。「神の御心に適わない人には平和は訪れなくても構わない」と、神は天使を通して羊飼いに告げたのか、聖書を通してそのことをわたしたちに告げているのか、と考える人が必ず現れるでしょう。
全く違います。完全に正反対です。しかし、翻訳をやり直す必要はありません。「御心に適う人」と「御心に適わない人」がいる、という読み方をやめるだけで済みます。「御心に適う“人”」は「全人類」を指していると理解すれば、問題は解決します。
日本語聖書で「御心」と訳される伝統になっている「エウドキア」の意味は「神の喜び」です。この言葉には旧約聖書の背景があります。特に創世記1章31節に「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった」とお喜びになったことと関係しています。
全人類が「神の喜び=神の御心」(エウドキア)に適った存在です。例外も限定もなく「全人類に平和がもたらされますように」と歌う天の大軍の歌声がベツレヘムの夜空に響き渡ったことを想像しながら、今夜のクリスマスイヴ音楽礼拝を共にささげたいと願います。
(2023年12月24日 クリスマス礼拝)
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| 日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13) |
ルカによる福音書1章26~38節
「マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。」
(2023年12月17日 聖日礼拝)
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| 日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13) |
前回の宣教の後少ししてから、ある方から質問がありました。ヨブは苦難の中で仲保者を求めた、しかもこの仲保者が自分の味方として必ず地の上に立たれるということだったけれども、このことはヨブ記のどこに言及されているのか宣教要旨には記載されておらず、見つけることが出来ないので教えてほしいというものでした。新共同訳の言葉とは少しニュアンスが違いますので、それで見つけることが出来なかったのだと思います。これはヨブ記19:25~27に記載されている言葉です。口語訳の方が分かりやすいと思いますので、参考までにこの個所の口語訳を掲載しておきます。後でご自身で比較をしてみてください。
25節 わたしは知る
わたしをあがなう者はいきておられる、
後の日に彼は必ず地の上に立たれる。
26節 私の皮がこのように滅ぼされたのち、
わたしは肉を離れて神を見るであろう。
27節 しかもわたしの味方として見るであろう。
わたしの見る者はこれ以外のものではない。
わたしの心はこれを望んでこがれる。
ヨブは激しい苦難の中で、神と自分の間に立ってくれる仲保者を求め、しかも自分の味方として立って下さる方を待ち望んでいる。友人たちは因果応報の地番に立ち、ヨブがこのような悲惨な目にあっているのはヨブが罪を犯したからだと言って責め立てる。ヨブはそんなことは自分もよく承知していると言う。しかしヨブを打つ手は止むことがない。ヨブはこの悲惨の中で悲鳴をあげながら、彼はこの自分をあがなう者が、地の上に立たれることを切望しているのです。ここでヨブは因果応報の世界から、福音の世界へ突き抜けようとして、その出口を望み見ている。そしてよきおとずれを持ってこられる方を、待ち焦がれているのです。私たちは既にその方を知っています。聖書を通し既にこの私たちを贖ってくださった方、どこまでも私たちの味方としての救い主に出会っています。そしてその方の霊が、その方の息吹が日々私たちに向かって突入してきており、私たちを励まし、私たちと共に歩まれる。死の陰の谷を行くときも私たちと共にあることに感謝したいと思います。
「今やキリストイエスに結ばれている者は、罪に定められることがない。」(ローマ人への手紙8:1)
来週からアドベントに入ります。毎度繰り返していますが、アドベントとは英語でadventと書きます。ad(~へ向かって、英語のto)であり、ventとは(やって来る)という意味です。ヨブが、預言者たちが待ち焦がれた方が、わたしたちを目指してやってくるというのです。心の備えをして迎えたいと思います。
コヘレトの言葉2章に入りたいと思います。1章で空の空、一切は空である、と自らの言葉を開始したコヘレトは、日の下で行われる人間の様々な営みに注目し、一体それらの労苦が何になるのか、一代が過ぎればまた一代が起こる。日は昇り、日は沈み、あえぎ戻り、また昇る。風は南へ向かい北へ巡り、めぐり巡って吹き続ける。川はみな海に注ぐが海は満ちることがない。どの川も、繰り返しその道程を流れる。一切は繰り返すばかりで、その完成を見ることはないというのです。一切は実に単調な繰り返しに過ぎない。空の空、一切は空である、と言う。
しかしコヘレトは1章のまとめともいうべき言葉「神はつらいことを人の子らの務めとなさったものだ。」と言う。それらの人の子らに与えられる労苦の一つ一つに神の御手が添えられていることを見出した。しかしこれはコヘレトがイスラエルの王として、天の下に起こるすべてを知ろうとして熱心に探究し、知恵を尽くして調べた結果でした。そこにはクリスマスの夜、寒さと獣の危険から羊を守りながら夜明けを待ち望む羊飼いたちに、天使と天の軍勢によって高らかに告げ知らされた知らせに、小躍りして喜んだ羊飼いたちの喜びはありませんでした。
私たちはコヘレトには知らされていなかった「よきおとずれ」を既に聞かされている者として、日の上におられた方がこの空しき世界に姿を現されたことを知らされた者として、空の空、一切は空であるという世界が、神がその御心を実現し給う世界であることを学んで感謝しました。ただコヘレトにはこのことは、まだ知らされてはいませんでした。
彼は人の子らのつらい務めの一つ一つに神の御手が添えられているということを学んでも、なおこのことに慰めを得ることができませんでした。「見よ、どれもみな空しく、風を追うようなことであった。」というのです。
ここでコヘレトはもっと直接的に自分を満たしてくれる、人の子らが求めるべき幸福というものを追求してみようという衝動に駆り立てられます。私はさあ「快楽を追ってみよう、愉悦に浸ってみよう。」この「快楽」は必ずしも感覚的、表面的な快楽、また悪い欲望とは限らないということです。また「愉悦」も同様に「幸いを見る、楽しむ」ということで、善と悪の倫理的対立の意味ではないというのです。神の創造の中で、すべての面で生き、かつ楽しもうと試みることである。楽しむことそれ自体は悪ではないとのこと[1]。
しかし「快楽」も「愉悦」もコヘレトの心を満たして、人生の生きる意味をもたらしてくれたかと思えば、これもまた空であり、風を捕らえるようなことであったとコヘレトは言うのです。コヘレトはその快楽と愉悦の中で得た笑いということに思いを馳せ、これは「狂気」(馬鹿げたこと)であると言い、「快楽」に対しては、これが一体何になろうと言う。
何事も知恵に聞こうとするコヘレトにとっては潔しとしないことではありますが、しかし彼はなお、この天の下に生きる短い一生の間、何をすれば人の子らは幸福になるのかを見極めるまで、酒で肉体を刺激し、愚行に身を任せてみようと心に思い定めたというのです。
快楽と愉悦を見たコヘレトは、一転して愚行に身を任せてみようと言う。コヘレトの知恵に基づけば、愚行に過ぎないと思われることの中にさえ彼は人の子の幸せを探し求めるのです。この言葉には彼が自分が生きることの意味を必死に探し求めるその思いを読み取ることができます。そして彼は大事業を起こして成功し、多くの屋敷を構え、ぶどう園、果樹園を作らせた。池をいくつも掘らせ、木の茂る林に水をひかせた[2]。かつてエルサレムに住んだ誰よりも多くの奴隷を所有し、牛や羊と共に所有した。人の子らの喜びとする多くの側女を置いた。
彼は事業に成功し、大庭園付きの大邸宅を構えただけではなく、ぶどう園、果樹園を持ち、木を植えて林をとし、池をいくつも掘らせた。これは日本ではなくエルサレムでのこと。途方もなく贅沢なこと。当時の世界では考えられる限りの豪華な生活であり、この世の楽園とも思えるような生活です。荒れ野にサフランの花[3]が咲き乱れるがごとしと言うことができる。池を掘るということは日本では造作もない事のように思われますが、ことエルサレムとなると話は別です。旧約聖書には井戸の取り合いの記事が、しばしば登場してくる。
ソロモン王は700人の妻、即ち王妃を有し、300人の側室を有していたと、列王記上11:1以下に「ソロモン王の背信とその結果」という小見出しがついて記されています。是非お読みください。ソロモンはこの妻たちを愛してそのとりことなってしまった。神は何度もソロモンに警告をした。しかしソロモンは妻たち、側室たちのとりこになり、神の再三にわたる警告に従わず、エルサレムで高台を設け、自分たちの神々に犠牲を捧げることを許した。その結果ソロモンの死後異国の神々によって惑わされた王国は、分裂し国を亡ぼす誘因となっていくのです。
「かつてエルサレムに住んだ誰よりも多くの」というのは、彼は優越感の中にさえも人の子の幸せを探った。目に望ましく映るものは、何ひとつ拒まず手に入れ、どのような快楽も余さず試みた。コヘレトの心は労苦さえ楽しんだ。彼は労苦をも楽しみ、その結果として快楽と愉悦を得た。しかし、彼は自分が為した労苦の結果の一つ一つを顧みてみた。結果は「見よ、どれも空しく、風を追うようなことであった。」とコヘレトは振り返る。
これは神が創造のわざを終えられた時、「神は御造りになったすべてのものをご覧になった。見よ、それは極めて(口語訳 はなはだ)良かった。」(創世記1:31)と記されています。しかしここでは、そうではない。神の創造のわざとは正反対。「見よ、どれも空しく、風を追うようなことであった。太陽の下に、益となるものは何もない。」と言う。全体としてかえりみた時、彼のこのような成功は、一体何であったのか。地上の楽園とも思えるような状況の中にありながら、彼の心は満たされないのです。隙間風が彼の心の中を吹き抜けていくのです。
ここで彼は愚行から身を転じて、より高尚な知的、精神的な活動に向かいます。「私はまた、顧みて知恵を見極めようとした。」(12節)現代風に言うならば、様々な思想を学び、それらを比較検討する。人間の様々な知的活動がもたらす結実を味わい楽しむ。賢者の目はその頭(あたま)に、愚者の歩みは闇にあることを学ぶ(14節)のです。
そして彼が次に見出したことは、知者にとっても愚者にとっても、人生は同じように終わるということです。「わたしはこうつぶやいた。『愚者に起こることは、わたしにも起こる。より賢くなろうとするのは無駄だ。』これまた空しい、とわたしは思った。賢者も愚者も、永遠に記憶されることはない。やがて来る日には、すべて忘れられてしまう。賢者も愚者も等しく死ぬとは何ということか。」(15節~16節)
これが分かった時、彼は生きることに対して倦怠感を覚えるのです。
「私は生きることをいとう。太陽の下に起こることは、何もかも私を苦しめる。どれもみな空しく、風を追うようなことだ。」(17節)
しかしここで彼は一瞬、自分の財産のことを思い出したようです。あるいはこれに頼って、生き甲斐を見出しえるのではないかと思ったのです。
しかし、次の瞬間、彼は自分の死後、墓の向こう側で自分が知力を尽くし、苦労して築いた財産が、他人のものになっていることを思い起こすのです。
20節以下を読むとこうあります。「太陽の下、労苦してきたことのすべてに、私の心は絶望していった。知恵と知識と才能を尽くして労苦した結果を、まったく労苦しなかった者に遺産として与えなければならないのか。これまた空しく大いに不幸なことだ。まことに人間が太陽の下で心の苦しみに耐え、労苦してみても何になろう。一生、人の務めは痛みと悩み。夜も心は休まらない。これまた、実に空しいことだ。」と言う。
コヘレトはその生涯の活気ある時期に、自分の手で喜びを見出そうとしていそしみ励んだ。官能的悦楽、事業、豪華な生活、知的活動、みな人並み以上に追求し獲得したが、結局、彼の人生観は、虚無の感触に落ち着くのです。ことここに至れば、今風に言うならば、自殺するか、修道院に入るか、と言うことになるのかもしれない。事実教父ヒエロニムスは、このコヘレトの言葉によって、自分はこの世とこの世にあるすべてのものを軽蔑すべきことを学んだと言っている。
ところがここで、思いがけない局面が24節以下で展開するのです。私たちを驚かすのは、この新しい局面というのは、この世に対する蔑視とか、人生への虚無感とはまったく違う、別のものなのです。ここでは修道院や自殺のことではなく、人が再び、この人生の日常の生活に立ち返ることが述べられている。何も肩をいからせたり、力んだりせず、落ち着いて、私たちの日常の生活に立ち返ることが述べられている。
「人間にとって最も良いのは、飲み食いし自分の労苦によって魂を満足させること。しかしそれも、私の見たところでは神の手からいただくもの。自分で食べて、自分で味わえ。」(新共同訳2:24・25)
「人は食い飲みし、その労苦によって得たもので、心を楽しませるより良い事はない。これもまた神の手から出ることを、私は見た。誰が神を離れて、食い、かつ楽しむことのできる者があろう。」(口語訳 2:24・25)
労苦によって得たもので心を楽しませるという人生に対する肯定的な発言は、どこからでてくるのであろうか。その出所は今読んだ言葉の後半部分にあります。「それらは神の手からいただくもの」だからであるというのです。
人生は空の空なのだから、我らは食い、飲みし、歌って踊って楽しもうではないか、という刹那的な享楽主義ではない。享楽主義者はそれが、神の手から出ているなどとは言わない。私たちが従事している仕事、日々家庭において行っているすべてのこと、これらはすべて神の手から出ていることを私コヘレトは見たというのです。
これまでコヘレトは自分で幸福を作り出そう、見出そうとして、死力を振り絞って探究してきた。それは自己実現を目指したものと言い換えることもできるでしょう。しかしそこにあったものは、空しさだけであった。彼はこの空しさは神によって満たされるのでなければ、永遠に満たされるものではないことに気づかされるのです。
アダムとエバも自分たちが神に守られていることに気づかず、自分の手で「善悪を知る木」の実に手を伸ばしたのです。神と等しくなろう、神と並ぶものになろう、更には神を超える者になろう、更には自分が神にとって代わろうという思いがそこにはあった。コヘレトは自分がまさに、アダムとエバが犯した罪を自ら犯してしまっていたことに気付かされたのかもしれません。彼は自分が傲慢であったことに気づかされるのです。
「目を上げて、私は山々を仰ぐ。私の助けはどこから来るのか。私の助けは、天地を造られた主のもとから来る。」という詩篇121篇の言葉を思い起こしたのかもしれない。
次の新共同訳の25節の言葉は唐突なような感じが致します。しかも命令形で出ています。「自分で食べて、自分で味わえ。」というのです。これは24節の「神の手からいただくもの」を自分で食べて、自分で味わってみるのでなければ、この真理は分からないというのです。口語訳は「誰が神を離れて食い、かつ楽しむことのできる者があろう。」と訳されています。
彼のこの空しさは、神によって満たされるのでないならば、一切の空しさから抜け出すことはできないということに彼は気づかされたのです。これは彼の一大転機、彼のターニングポイントとなりました。そしてそれまで能動的であったコヘレトは、受動的なコヘレトに変えられます。ここには自分自身に絶望したコヘレトがいます。彼に課せられた労苦も含めて、神によって与えられていることに気付かされたコヘレトは、感謝と充足感を覚えるのです。自らの積極的な探究に疲れ果てたコヘレトは、神の癒しを素直に受け入れられる者に変えられています。
先週関口先生が宣教の中で、「神は私たちに贈り物を与える前に、まず私たちの内にあるものをお壊しになる性分をお持ちなのです。」という注解者の言葉を引用されておりましたが、今少しコヘレトが生きることにも倦怠感を覚えるほどに絶望の極みに達したことに関連してお話ししてみたいと思います。この破壊活動は我らの肉の思いに対して実行されるのです。我らが尊ぶ我らの自由意志、理性、知恵、知識、思いに対してこの破壊活動は実行されるのです。それは我らが神の恵みに対して最も感応しやすくなるためであり、我らの心の隅々にまで神の愛が染みわたるようになるためです。なぜなら肉の思いは、神の贈り物を受け取ることができないからです。神はその恵みを与える前に、私たちの中にある肉の思いを打ち砕くのです。それは取りも直さず、神の贈り物を恵みとして、無代価で私たちに与えるために他なりません。
神の愛のわざが神の本来のわざであるとするなら、我らには怒りとさえ見える神のわざは神の非本来的なわざであり、ルターはこれを神の「異なるわざ」と呼んでいます。神はその本来のわざを為したもうために、その異なるわざ、即ち破壊活動を遂行されるのです。ルターは神の異なるわざは神の本来的なわざを遂行するための手段である、マスクにすぎないと言うのです。神の怒りの背後に神の愛をみるのです。ルターはイザヤ書28:21の言葉を引用してこのことを説明しています。
「主はベラツィム山のときのように立ち上がり
ギブオンの谷のときのように憤られる。
それは御業を果たされるため。
しかし、その御業は未知のもの。
また、働きをされるため。
しかし、その働きは敵意あるもの。[4]」(新共同訳)
要するに神はイスラエルをその本来の民に立ち返らせるために、彼らにに対して敵対的になられるという個所です。ルターはこの個所をローマ書講義の中で、イザヤ書28:21を「主はそのみわざを遂行するために、主にとっては異なるわざをなしたもう[5]」と訳しています。また詩篇103篇11節を引用して「地よりも高い天の高さに従って、(すなわち、我らの思いに従わずに)、主は我らに対するいつくしみを強めたもうた。」と述べています。
神はコヘレトの思いには従わず、その向かった先はことごとく空しさの風を吹きさらし、彼の思いを超えて、今や一切が神の御手から出ていることを知らしめるのです。この恵みは自分で食べて、自分で味わう以外に知ることはできないというのはコヘレトの実感だったでしょう。神を離れては池を作って、庭を設計し、知的活動に専心しても、それは空しいというのです。神は一切において一切を為したもうと言うのです。この神が私たちに敵対しているかのように思われる時、神がその異なる業を為したもう時も、神は我らを捨ててしまったのではなく、もっとも近くにいましたもうというのは、ルターが主の十字架から学んだことです。
2章の最後の説になりました。26節です。「神は、善人と認めた人に知恵と知識と楽しみを与えられる。だが悪人には、ひたすら集め積むことを彼の務めとし、それを善人と認めた人に与えられる。これまた空しく、風を追うようなことだ。」
『善人』と訳されている言葉は、道徳的な善悪ということよりも、神に『恵まれた』『喜ばれる』人に近い。[6]」ということです。また「悪人」という言葉に関しても、「道徳的内包を持たない。『目的を誤る』原義(目標を逸れる)に近い」と言うことです。「的を外す」というのは、私たちがしばしば聞かされているように、ギリシャ語のハマルティア 「罪」という意味です。口語訳は「罪人」と訳しています。「神は、その心に適う人に、知恵と知識と喜びとをくださる。しかし罪人には仕事を与えて集めることと、積むことをさせられる。これは神の心にかなう者にそれを賜るためである。」と。これはやはりコヘレトの限界です。ヨブが悩まされた友人たちが主張した因果応報の世界が広がっています。
神はこの罪人に課せられた制限を取り払い、「大いなる喜び」「まったき喜び」をもたらされた。まさにこの罪人を目指して、神の独り子がベツレヘムの馬小屋で誕生した。もはやユダヤ人もギリシャ人もなく、その心にかなう者すべてにもたらされた喜びをあなたがたに伝えるというメッセージを私たちは野宿していた羊飼いと共に聞くのです。
「天使は言った。『恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなた方のために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなた方は、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなた方へのしるしである。』[7]」
すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。
「いと高きところには栄光、神にあれ、
地には平和、御心にかなう人にあれ。」
天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、
「さあ、ベツレヘムへ行って主がお知らせくださったその出来事を見てこようではないか[8]」と喜びに満たされた羊飼いたちと共に、私たちもこの方をお迎えしたいと思います。
ヨブが、また多くの預言者たちが待ち焦がれながら、見ることが出来なかった方が、この地上にその姿を現されたのです。大いなる喜びの到来に感謝したいと思います。
[1] 「コヘレトの言葉」注解 西村俊昭著 日本基督教団出版局 p。129
[2] 「目で見る聖書の時代」月本昭男 写真 横山匡(ただし)日本基督教団出版局
ソロモン王の時代メギド、ハツォル、ゲゼルなどの町々が再建されましたが、(列王記上9章15節)、これらの町の遺跡からは、岩盤をうがって造られた縦穴と坑道を通って城壁内から地下水を汲みに行ける、りっぱな給水施設が発見されました。給水施設とならんで、汚水溝も整備されていました。ゲゼルでは城門の下に、メギドでは城壁の下に排水溝が造られ、汚水が城外に流れ出るようになっていました。P.17
[3] イザヤ書35:1・2新共同訳はサフランではなく、野ばらになっている。
[4] 口語訳はこの最後の言葉「敵意あるもの」を、「そのわざは異なったものである」と訳しています。
[5]イザヤ書28:21及び詩篇103:11節 「世界の名著 ルター」笠利 尚訳 中央公論社P.447
[6] 「コーヘレトの言葉」注解 西村俊昭著 日本基督教団出版局 P.183
[7] ルカ福音書2:10
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| 日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13) |
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「新しき生」
ローマの信徒への手紙8章1~17節
関口 康
「肉に従って生きるなら、あなたがたは死にます。しかし、霊によって体の仕業を断つならば、あなたがたは生きます。」
今日の箇所は先週の続きです。先週の箇所はローマの信徒への手紙7章7節から25節まででした。しかし、教会創立71周年記念礼拝でしたので、その主旨に基づいてお話しする部分が必要でしたので、聖書の内容について詳しくお話しすることができませんでした。
かろうじてお話しできたのは、ローマの信徒への手紙の7章から8章までをわたしたちが読むときの大前提が違っている場合がある、ということでした。2点挙げました。
ひとつは、7章だけで45回出てくる「わたし」とはだれのことか。もしパウロだけを指しているとしたら、この箇所をパウロの自叙伝として読まなければならないことになるが、それでよいか。
ふたつめは、ここに描かれている「わたし」の葛藤は、キリスト教改宗前の人が味わっていた過去の葛藤であって、キリスト教への改宗後はもはや生じることがありえないものなのか。
どちらも「違う」と私は申しました。しかもそれは聖書解釈の問題として考えるだけでなく、わたしたち自身の現実から考えるほうが理解しやすいとも申しました。わたしたちのうち誰が、教会に通いはじめ、やがて洗礼を受けてキリスト者になったので自分の罪についての悩みも苦しみもなくなったと言えるでしょうか。「そんな人はいない」と言いたいわけですが、反論があるかもしれません。「罪についての葛藤は私にはありません」と。
しかし、もしそういう人が現われたら、多くの人が困ります。「私はキリスト者だと自覚してきたつもりだが、罪の葛藤が無くなったことはない。そうでない人がいるというなら、私の信仰が足りないという意味なのか」と苦しむ人が続出するでしょう。この箇所はキリスト教改宗前のユダヤ教徒だった頃のパウロの葛藤を描いたものではないとはっきり言うことによって、多くのキリスト者が救われると私は申し上げたいのです。
キリスト者でない人がキリスト者になることだけを「救い」と呼ぶのは狭すぎますし、事実でもありません。「教会」が天国の楽園のような場所で、涙はことごとくぬぐい取られ、悲しみも嘆きも労苦も無いと言えるなら別ですが、そうでないことはパウロ自身もよく知っています。
葛藤があるからと言って、信仰が足りないわけではありません。キリスト者になったからといって絶望することが完全に無くなるわけではありません。「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか」と悲痛な絶望の叫びを挙げる人は、イエス・キリストを信じる前の過去のわたしではなく、信仰をもって生きているこのわたしが今まさに抱えている問題を前にして絶望している叫び声でもあると言えることのほうが、むしろわたしたちは救われるでしょう。たとえば、キリスト者の自死は、その人の不信仰の結果でしょうか。そのように言われ、責められることのほうが、よほど残酷ではないでしょうか。
しかし、以上は先週申し上げたことです。今日の箇所の最初にパウロが「従って、今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはありません」(1節)と記しています。
「罪に定められることがない」と訳されているカタクリマというギリシア語は、人間の決定でなく、神の決定を指します。カタクリマは「非難」という意味だけでなく「処刑」という意味を含んでいる点が重要です。人はあなたのことをなんとでも言うでしょう。しかし、神はあなたを非難しません。処刑もしません。あなたにもし不幸が起こっても、神の罰(天罰)ではありません。そうだろうか、そうかもしれない、神がわたしを罰しているのだ、だからわたしは不幸なのだと疑って、神の愛を否定しないでください。神はあなたを愛しておられます。このようにパウロが訴えていると読むことができます。
「キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死との法則からあなたを解放したからです。肉の弱さのために律法がなしえなかったことを、神はしてくださったのです。つまり、罪を取り除くために御子を罪深い肉と同じ姿でこの世に送り、その肉において罪を罪として処断されたのです」(2~3節)は、神の御子イエス・キリストがわたしたち罪人の身代わりに十字架にかかって死んでくださったこと、そしてそのイエス・キリストを通して示された神の愛が聖霊を通してわたしたち人間へと注ぎ込まれるとき、わたしたちは罪と死の法則から解放されることを指しています。
実はこれは新たな「葛藤」のはじまりを意味します。わたしたちの心の中に、神の愛を明確に伝え、ひとを善へとうながし、喜びと希望をもって生きていくようにと励ます「聖霊」が与えられるとき、その「聖霊」と、もともと人間の心の中に住んでいた「罪と死との法則」が取っ組み合いを始めるのです。その新たな葛藤を抱えて生きることこそが「霊による命」(新共同訳の小見出し)であり「新しき生」(本日の宣教題)です。決してそれは否定的な意味ではなく、悩みや苦しみ、葛藤や隘路、挫折や絶望も、すべて神に受け入れられていると信じることができることにおいて、喜びであり希望です。
しかも、ここで大事なことは、イエス・キリストの十字架を通して示された神の愛は、「罪深い肉と同じ姿」(3節)という性質を持っているという点です。キリスト者になっても自分の罪への悩みから解放されず、いつまでも葛藤し続けているこのわたしと同じ姿でイエスさまが生まれ、現実の世界を共に生きてくださり、しかも、地上のどんな律法も法律に照らしても死刑に値する罪を犯さなかったイエスさまが、十字架上で「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と絶望の叫びをあげられるほど苦しまれ、わたしたち罪人の身代わりに死んでくださったことで、あらゆる葛藤も絶望さえも、それは不信仰であるなどと神から責められ、処罰される理由にはならないことを明確に示されたことを意味する、ということです。
3節の註解(著者レカーカーカー(A. F. N. Lekkerkerker))に引用されていた言葉に私はぎょっとして立ちすくみ、考えさせられました。ベツェル(H. Bezzel)という人の言葉です。カール・バルトの『教会教義学』(原著Ⅰ/2, S. 169. 日本語版『神の言葉』Ⅱ/1、304頁)からの孫引きです。
「イエスが人間となるということだけではわれわれを決して救い出すことはできなかったであろう。ただイエスが肉となるということがわれわれを救い出してくれたのである。…人間となるということであれば、そのことはわれわれの苦痛を増大させたことであろう。それは、『なぜ汝は彼〔=イエス〕のような人間であることはできなかったのか』とわれわれを責めたて、ただ、われわれが罪におち入らなかったならばそのようなものとなり得たはずだという証拠をつきつけることになったであろう。人間となるということであれば、そのことは私の不幸に対する嘲りのようであったであろう。その辺の事情はちょうど、健康と力ではちきれるばかりの人が、病人の寝床に近づく時、そのことはつねに病人にとってたしかにひとつの悲哀としてうけとられるのと同様である」(吉永正義訳)。
イエスさまが「人間」として来られたとしたら、わたしたち人間はイエスさまのようになれないことに苦痛を感じるだけである。それは、元気な人がお見舞いに来ると病気の人は「私はなぜあなたのように元気でなく病気なのか」と悲しくなるだけなのと同じだというのです。続きは来週お話しします。
(2023年11月12日 聖日礼拝)
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| 日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13) |
「葛藤と隘路からの救い」
ローマの信徒への手紙7章7~25節
関口 康
「わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします。このように、わたし自身は心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の法則に仕えているのです。」
今日の礼拝は昭島教会創立71周年記念礼拝です。長い間、献身的に教会を支えて来られた皆さまに心からお祝い申し上げます。
この喜ばしい記念礼拝の日にふさわしい宣教の言葉を述べるのは重い宿題です。私がその任を担うことがふさわしいと思えません。2018年4月から鈴木正三先生の後の副牧師になりました。そして2020年4月から石川献之助先生の後の主任牧師になるように言われました。2020年4月は、日本政府から「緊急事態宣言」が出され、当教会も同年4月から2か月間、各自自宅礼拝としました。また、教会学校と木曜日の聖書に学び祈る会は3か月休会しました。そのときから3年半しか経っていません。
3年間、教会から以前のような交わりが失われました。なんとかしなくてはと、苦肉の策でインターネットを利用することを役員会で決めて実行したら「インターネットに特化した牧師」という異名をいただきました。申し訳ないほど「私」の話が多くなってしまうのは、3年間、家庭訪問すらできず、皆さんに近づくことがきわめて困難で、皆さんのことがいまだにほとんど分からないままだからです。
日本語版がみすず書房から1991年に出版されたアメリカの宗教社会学者ロバート・ベラ―(1927~2013年)の『心の習慣 アメリカ個人主義のゆくえ』で著者ベラーが《記憶の共同体》という言葉を用いたのを受けて、日本のキリスト教界でも特に2000年代にこの言葉を用いて盛んに議論されていたことを思い起こします。この言葉の用い方としては、個人主義、とりわけミーイズム(自己中心主義)に抵抗する仕方で「教会は《記憶の共同体》であるべきだ」というわけです。
なぜ今その話をするのかといえば、昭島教会の現在の主任牧師は、残念なことに《記憶の共同体》としての昭島教会の皆さんとの交わりの記憶を共有していないし、共有することがきわめて困難な状況が続いていると申し上げたいからです。この状態が長く続くことは決して良いことではないと、本人が自覚しています。不健全な状況を早く終わらせる必要があると考え、そのために努力しています。
教会はルールブックで運営されるものではありません。ルール無用の無法地帯ではありませんが、それ以上に大切なのは、教会の皆さんが共有しておられる「記憶」です。「記憶」が大切だからこそ、今日のこの礼拝が「昭島教会創立71周年記念礼拝」であることの意味があります。
今日開いた聖書の箇所は、ローマの信徒への手紙7章7節から25節です。理解するのが難しい箇所だと多くの方がおっしゃいます。私もそのことに同意します。しかし、この箇所を読むときの大前提が、読む人によって違っている場合が多くあります。特に重要な問題点を2つ挙げます。
第1に、この箇所に繰り返し出てくる「わたし」は誰のことかという問題です。7章だけで「わたし」が45回出てきます。シンプルに考えれば、この手紙は使徒パウロが書いたので、その中に「わたし」と単数形で書かれている以上、パウロ自身のことを指しているに違いないと言えなくはありません。しかし、そうなると、わたしたちがこの箇所を読む場合、これはあくまで《パウロの自叙伝》であるととらえて読む必要があることになります。伝統的にはそう読まれてきました。たとえば、オリゲネス、アウグスティヌス、ルター、カルヴァンがそう読みました。しかし、それで本当に正しいでしょうか。
第2は、いま申し上げた第一の問題と深い関係にあります。それは、この箇所で「わたし」は明らかに自分の心の中に潜む罪の問題で葛藤していますが、この葛藤はイエス・キリストを信じて救われる《以前の「わたし」》つまり《過去の「わたし」》の心の状態を描いたものであり、イエス・キリストを信じて救われた後はこの葛藤から全く解放され、罪の問題について悩むことも苦しむことも無くなる、という理解があるが、その読み方で正しいかという問題です。
第一の問題と第二の問題の関係性を言うなら、パウロが自叙伝として「わたし」が過去に属していたユダヤ教ファリサイ派からイエス・キリストを信じて救われたときに彼の中に内在していた罪の問題が解決し、葛藤が無くなったことを述べることがこの箇所に記されていることの趣旨であるということになるとしたら、先ほど挙げた2つの問題の読み方のどちらも正しいということになります。
しかし、結論だけ言いますと、今日的には、どちらの読み方も支持できません。それは聖書の解釈上の問題でもありますが、わたしたち自身に当てはめて考えてみれば理解できることだと思われます。
「律法は罪だろうか。決してそうではない。しかし、律法によらなければわたしは罪を知らなかったでしょう」(7節)とパウロが記していることの趣旨は、先ほど「教会はルールブックで運営されるものではないが、ルール無用の無法地帯でもない」と申し上げたことと関係します。「律法」は「法律」の字並びを逆さまにしただけで、英語では同じLaw(ロー)です。法律の存在そのものが罪であることはありません。しかし、律法にせよ法律にせよ、「法」の役割は私たち人間に、そのルールに従うことができない自分の罪や弱さや欠けを否応なしに自覚させることにあることは、わたしたちの体験上の事実でしょう。「法」の存在がわたしたち人間にとって究極的な意味の「救い」をもたらすことはなく、むしろ、ダメな自分をさらされ、それを直視することを求められるだけです。
しかも、法律の順序を逆さまにして「律法」という場合、その意味することは「神の言葉」であり、なおかつ「神を信じる者たちが従うべき教え」なので、個人的なものではなく、共同体が共有するときこそ意味を持ちます。「律法」は個人のルールブックではなく教会のルールブックだということです。そもそも誰ともかかわりを持たない完全な個人は存在しませんが、自室でひとりでいるときにルールは不要かもしれません。他の誰かとかかわりを持つときに初めてルールが必要になります。
しかし、それが先ほど第二の問題として挙げた、今日の箇所の「わたし」の葛藤はイエス・キリストを信じて救われるよりも前の、過去の「わたし」であると、もしわたしたちが読んでしまうと、共同体としてのキリスト教会は、ルール無用の無法地帯であるかのようになってしまいます。キリスト教会は律法主義には反対しますが、律法そのものを除外することはありませんし、あってはなりません。
そして、もうひとつ、今日の箇所の葛藤する「わたし」、なかでも特に「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこのからだから、だれがわたしを救ってくれるでしょうか」(24節)という悲痛な叫びは、あくまでも未信者だった頃の、あるいは他の教えに従っていた頃の過去のわたしであって、今は違うということになるとしたら、キリスト者にはこの葛藤は無いのかと問われたときにどのように答えるかの問題になります。キリスト者は「惨めな人間」ではなくなるのでしょうか。それはわたしたち自身がよく知っていることだと思います。
今日の宣教題を「葛藤と隘路からの救い」としましたが、救いはイエス・キリストへの信仰によってすべて成就され、今はもはや悩みも苦しみも無いと申し上げるためではありません。隘路(あいろ)は「狭くて通るのが難しい道」のことです。今のわたしたち自身が、昭島教会が「葛藤と隘路」の只中にいると申し上げたいのです。その中からの「救い」のために必要なのは、コロナ禍の3年間で失われた教会の交わりの回復と、《記憶の共同体》としての教会が再興されることだと、私は信じます。
教会の交わりの回復の第一歩として今日はこれから聖餐式を行います。今後の課題として、愛餐会、シメオン・ドルカス会、読書会や勉強会を取り戻すことを役員会で検討しています。
(2023年11月5日 昭島教会創立71周年記念礼拝)
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| 日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13) |
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前回はヨハネ福音書13章の主イエスが最後の晩餐において、弟子たちの足を一人ずつ洗い、腰に下げた手ぬぐいでその足をふかれたという出来事を学びました。十字架の死が目前となる中で、「主イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。[1]」と語られていました。
主イエスが置かれていた状況というのは時間的に言っても、まさに最後の最後までと言うことができる状況でした。この上なく愛し抜かれたと訳されている言葉は英語ではto the end と訳されています。ギリシャ語でも同じ表現になっています。これは「最後まで」という意味と同時に、「究極まで愛された」と解することもできる言葉です。「究極まで愛された」というのは、主イエスの命の炎が燃え尽きるまで愛されたと解することが出来ると思います。愛するということは、愛される者にとっては、実に喜ばしいこと、実に甘きことです。しかし愛する者にとっては、その身を削ることとなります。一本のろうそくが周りを照らしながら、その身を燃やし尽くす譬えは、そのことを表しています。
主イエスは御自分亡き後の弟子たちを愛おしみ、彼らの足を一人一人洗われた。当時のユダヤ人たちはサンダル履きで、その足は毎日洗わなければならなかった。そして弟子たちは主イエス亡き後、自分の足を洗うたびに主イエスが自分の足を洗って下さったことを思い起こし、主の愛を確かなものとしていったのだと思います。聖餐式もこれと同じこと。私たちの足もこの時同時に洗われていたことを信じ、その主イエスの愛の万分の一でしかないけれども、その愛に励まされながら隣人に関わっていく勇気を与えられる者でありたいと思います。その意味でも最後の晩餐における出来事として、共観福音書では聖餐式でしたが、ヨハネ福音書では主イエスによる弟子たちの洗足、ここには共に相通じるものがあると思います。聖餐式も洗足も人の子は、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである[2]と、言われていることを目に見える、具体的な形にして残していかれたのです。
神は人間を義としようとしておられる。神は罪人に対して、その道を開こうとしておられる。人間の罪にもかかわらず、人間を迎え入れようとしておられる。最後の晩餐で主イエスが残していったことは、こういうことだったのだと思います。
神のこの意志に対する私たちの応答が「信仰」です。信仰とは「まだ見ていない世界への架け橋である[3]」ということができると思います。このことを一言で言い表すなら、「神、我らと共にいます」ということを自分自身に対して語られた言葉として受けとめるということになると思います。私たちの信仰も、愛も、仲保者を必要とするのです。その仲保者として、神様は私たちに御子イエス・キリストを与えて下さった。この御子の霊が今のこの時だけでなく、今までも、これからも、陰府にまでも、そして父なる神のみもとに至るまで「共にいてくださる」というのが、クリスマスのメッセージです。
聖書の中には人がめったに読まない文書が二つや三つあるものです。コヘレトの言葉(口語訳聖書では、伝道の書)は、その代表的なものだと思います。非常に懐疑的で、暗い感じがする。ニヒリズムの世界が全体を覆っているかのようです。あまりの重苦しさに息がつまりそうにさえなってしまう。聖書の中の方丈記[4]と言うことができるかもしれません。私自身も普段あまり読まない。今回は3章だけでまた新約聖書に戻ろうと思っていたのですが、準備をしているうちにこの書を最初から最後まで読んでみたくなりました。それはこの書に対する正反対の理解があることを知ったからです。もちろんこれからアドベントがあり、クリスマスを迎えます。受難節があり、イースターが来ます。その時にはそれに相応しいテキストを選びたいと思いますが、その間隙を縫って機会が与えられた時に順次取り上げたいと思います。中々読むことのない書、聖書の正典に含まれていることが不思議にさえ思われる書ですから、こういう試みもいいのではないかと思った次第です。それで今日のテキストは3章と予告致しましたが、1章から読んでいくことをお赦しいただきたいと思います。
その正反対の理解の一つはこの書を空しいこの世から逃げ出して、隠遁生活をすべきことを教える手引書と考えた人がいます。この人は4世紀の教会教父でヒエロニムス[5]です。彼はキリスト者はこの世で、神に仕えることはできないから、この世から逃げ出すべきだと教えている。
ところがこの同じ書をもっと肯定的に理解した人がいる。この人はこの書の著者を懐疑主義者として見ず、信仰者として見るのです。この人というのはルターです。彼はこの著者の目的は、我らを平和のうちに保ち、日毎に起こる出来事やこの世の仕事の中で、平静な心を我らに与えようとしているのだと言っている。
同じ書に対して、正反対ともいうべき理解があること。更にこの書の中に、信仰者の姿を見ようとした人がいることを知って、私はこの書を読んでみたくなった訳です。もちろんこの書は難解な書であり、否定的、懐疑的な言葉が書き連ねられています。それでも、本書の根底に神を信じる人
がいることを学びえるなら、これにまさる喜びはないと思います。
「コヘレト」というのは、「集める」という意味から集会を司る者という意味になり、「会衆に語る者」「講義する人」という意味を持った言葉です。ルターは「説教者」と訳し、人は本書の目的を、しっかりと見極めなければならない、と言っています。
時代背景は、紀元前250~150年ごろ、アレクサンダー大王が死去し、その将軍であったプトレミイとセレウカスがその領土を分け、パレスチナはセレウカスの支配のもとに入ります。そして迫害と虐待に苦しむことになります。「聖書は焼かれ、エルサレム神殿での礼拝は禁止され、律法では汚れているとされる食物を食べさせられ、律法に忠実なユダヤ人の多くが殺された。[6]」紀元前168年にはマカベアがその圧政に対して、反乱を起こしています。その時の様子は、旧約聖書続編マカバイ記一・二を読むと、この時の時代背景を知ることができます。アレクサンダー大王によってエルサレムがその手中に落ちたのが紀元前333年でしたから、それからローマのポンペイウスがエルサレムに入城する紀元前65年まで、ユダヤの民はアレクサンダー大王の後継者たちの支配下にあって、苦難の日々をおくることになります。
「コヘレトの言葉」と前後してダニエル書が書かれています。ダニエル書は、黙示文学の範疇に入る書ですが、私たちは「ヨハネ黙示録」という新約聖書の最後にある書によって慣れ親しんでいます。それでは黙示思想とはどんな思想なのでしょうか。「黙示録」というのはギリシャ語でアポカリュプシスという言葉で、「被いを取り除く」「現わす」という意味です。ギリシャ語の助けを借りなくても、漢字で「黙示」というのは黙していることを示すという意味であることが分かります。厳しい迫害の下にあって、現世は終焉を迎えようとしているかのような状況にあって、ダニエルは死後の世界、彼岸に希望を見出し、信仰者たちを励まします。しかし彼岸に希望を持つということは、現実世界からの逃避に向かうことにもなります。
コヘレトはこれに反対します。彼は彼岸に希望を持つことに反対します。死者の復活などは、信じていないようです。彼はあくまでも、人はこの現実世界にあって生きるべきことを主張します。ヒエロニムスとルターが対極にあったように、ダニエルとコヘレトは対極にあるようです。このような背景を念頭に置いて、コヘレトの言葉を読んでいきたいと思います。
1章から見てみたいと思います。
1:1には、「エルサレムの王、ダビデの子、コヘレトの言葉。」という言葉で始まっています。エルサレムの王で、ダビデの子と言えばソロモンですが、彼が書いたと考えることには無理があるようです。非常に深い洞察力をもった信仰者コヘレトが、ソロモンの名前を借りてこの書を捕囚後に書き上げたと言われています。ではコヘレトはなぜソロモンの名前を偽装したのか。
ソロモン王は最高の知恵者であることが、列王記上の三章に「ソロモンの知恵」という小見出しがついて記されています。ソロモンの知恵とはどういうものであったか。ソロモンは父ダビデの後を継いで、王位につきます。しかしその時はまだ神殿は造営中であり、完成していませんでした。彼は聖なる高台において、一千頭もの焼き尽くす献げ物をささげた。その夜、主はソロモンの夢枕に立ち、「何事でも願うがよい。あなたに与えよう。」と言われた。その時彼は、自分は父ダビデの後を継いで王位についたけれども、自分は取るに足らない若者にすぎず、どのようにふるまってよいか分かりません。そこでこれら多くの民を正しく裁き、善と悪を判断する心をお与えください、と答えた。その時主は、ソロモンの願いを喜ばれたそして、「あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。見よ、私はあなたの言葉に従って、今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える。あなたの先にも後にもあなたに並ぶ者はいない。私はまた、あなたの求めなかったもの、富と栄光も与える。生涯にわたってあなたと肩を並べうる王は一人もいない。もしあなたが父ダビデの歩んだように、私の掟と戒めを守って、私の道を歩むなら、あなたに長寿をも恵もう。」と言われた。
この直後に語られたのが、有名なお話しです。皆さんご存じだと思いますが、簡単に説明しておきます。同じ屋根の下に生活する遊女二人がソロモン王に訴えでた。二人は相前後してそれぞれお産をした。ところが片方の女が寝ている時に子供に寄りかかり、子供が死んでしまった。そこでこの女は夜中に起きて、横で寝ているもう一人の女の赤ん坊と取り替えた。
取り換えられた女は、朝起きて自分の横で死んで横たわっている子は自分の子ではないということに気づきます。そこで二人の間に言い争いが起こり、ソロモン王のところへ訴え出たというお話です。今なら血液型を調べるとか、遺伝子を調べるという方法もありますが、紀元前960年頃の話ですから、そんなことは出来ない。コヘレトの時代をマカバイの反乱のころとすると、更に800年ほどさかのぼることになる。そこでソロモン王は、剣を持ってこさせ、その生きている子供を二つに裂き、それぞれに半分づつ与えよと命じた。この時生きている子の母親はその子を哀れに思い、「王様、お願いです。この子を生かしたままこの人にあげてください。この子を絶対に殺さないでください。」と言った。ところがもう一人の女は「この子を私のものにも、この人のものにもしないで、裂いて分けてください」と言ったというのです。ソロモン王はこれを聞いて、「この子を生かしたまま、さきの女に与えよ。この子を殺してはならない。その女がこの子の母である。」という判決を下したというのです。「王の下した裁きを聞いて、イスラエルの人々は皆、王を畏れ敬うようになった。神の知恵が王のうちにあって、正しい裁きを行うのを見たからである。」と結んでいます。
コヘレトはこの地上最高の知恵の持ち主であるソロモンの名を借りて、その最高の知恵者が日の下(太陽の下)で起こる出来事をつぶさに調べたが、一切は空であると語りだすのです。コヘレトの言葉だけでなく、箴言もこの最高の知恵者と言われたソロモンの威光を借りて書かれています。古代ではこのようなことは、珍しいことではなかったと言われています。
1:2「コヘレトは言う。何という空しさ 何という空しさ、すべては空しい。」という言葉で始まっている。口語訳聖書は「空の空、空の空、いっさいは空である[7]」と訳しています。そしてこの空しさが、コヘレトの言葉全体を覆っているように思われます。この「空しい」という言葉が38回も繰り返されているということです。この「空しい」世界が全体を覆っている。また、この空しいというヘブル語はへべルという言葉で、これは創世記に出てくるカインの弟アベルと全く同じ言葉であるということです。若くして兄カインに殺されてしまった弟アベルから、時間的な短さ、儚(はかな)さが含意[8]されているということです。
1:3~7「太陽の下、人は労苦するが すべての労苦も何になろう。一代過ぎればまた一代が起こり 永遠に耐えるのは大地。日は昇り、日は沈み あえぎ戻り、また昇る。風は南に向かい北へ巡り、めぐり巡って吹き 風はただ巡りつつ、吹き続ける。川はみな海に注ぐが海は満ちることなく どの川も、繰り返しその道程を流れる。」
コヘレトは一切が空しいということを説明するために、自然や歴史についての彼の省察を述べている。一切のものの運行は、単調であり、初めもなければ、終わりもない。人の営みは、退屈な反復、繰り返しに過ぎない、というのです。
次にコヘレトは人間の歴史に目を向けると、そこには同じ単調さ、退屈な繰り返しに出会う。
1:8~11「何もかも、もの憂い。語りつくすこともできず 目は見飽きることなく 耳は聞いても満たされない。かつてあったことは、これからもあり かつて起こったことは、これからも起こる。太陽の下、新しいものは何一つない。見よ、これこそ新しい、と言ってみても それもまた、永遠の昔からあり、この時代の前にもあった。昔のことに心を留めるものはない。これから先にあることも その後の世にはだれも心に留めはしまい。」
一切が霧のかなたへ消えていく。人々が「進歩」と名付けうるものはない。新しいものを追い求めても、古い世界は全体として古いままである、と言う。自然の営み同様に人間も満たされることなく、語り尽くすこともできず、目は見ても飽き足りることがない、何一つ完成を見ることが出来ない。すべては吹き抜ける風のようである。
しかし、私たちはここで主イエスの言葉を思い起こさないだろうか。「だれでもキリストに結ばれているなら、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。[9]」「過ぎ去った」は、過去形であり、「新しくなった」は現在完了形です。しかしコヘレトはまだ、この方の存在を知らされていません。
1:12以下、「私コヘレトはイスラエルの王として、エルサレムにいた。天の下に起こることをすべて知ろうと熱心に探究し、知恵を尽くして調べた。神はつらいことを人の子らの務めとなさったものだ。私は太陽の下に起こることをすべて見極めたが、見よ、どれもみな空しく、風を追うようなことであった。ゆがみは直らず 欠けていれば数えられない。」
この最高の知恵者が、天の下に起こることをすべて知ろうと熱心に探究した。しかし、それらのどれも「風を追うようなことであった」というのです。口語訳は「風を捕らえるようなものである」となっています。この語は元来「風を養う」「飼育する」という意味だということです。あたかも柵を作ってウサギを飼育するように、風を養うことができるだろうか。そんなことは出来ない、と言うのです。この世は曲がったものは曲がったままであり、ゆがんだものはゆがんだままである。欠けたものは数えられない。欠けたものは欠けたままである。これはこのまま現代にも当てはまる。紀元前の昔から、人間は殺し合いをやめない。コヘレトはこんな世に、何か積極的な意味があるだろうか、と問うのです。「すべては風を追うようなことである」と。「空の空 空の空、一切は空である」なら、ヒエロニムスの言うように、こんな世界から脱出して隠遁生活か、修道院に入るのも悪くないとさえ思わされる。
コヘレトの言葉は一章を読むだけでも、このように重苦しいものです。
ところが、この一章の中に、一か所注目すべき言葉が出てくる。「神」という言葉が出てくる。「神はつらいことを人の子らの務めとなさったものだ。」という言葉。口語訳は「これは神が、人の子らに与えて、骨折らせられる苦しい仕事である。」懐疑論者や虚無主義者は、こんな言い方はしない。私はこの言葉が否定的で、懐疑的で、ニヒリズム一色に見えるコヘレトの言葉を解く鍵ではないかと思うのです。
世界が空しく、労苦に満ちていることは確かです。しかし、伝道者コヘレトは、世界のこのような重苦しい状態を、何か理解できないもの、単なる謎、単なる宿命とは考えていない。空しく見える労苦にも、神の意志が働いている、と言うのです。運命がこれを与えたのではなく、神がこれを与えられたという。単調な繰り返しと思われる日々の出来事、今日も昨日と何も変わっていない。その空しく過ぎ去っていくようなこの現実の背後に、神の御手が添えられている、と言うのです。これは人は労苦と矛盾、不条理の中にあっても、神はやはり主でありたもう、と言うのです。これは実に慰めに満ちた言葉です。
これは信じる伝道者の言葉であって、疑う懐疑論者やニヒリストの言葉ではない。人生の様々な経験をした一人の知者が、否定の言葉の下に、信仰の下地を持っていることに私たちは注目しなければならない。
最後に一つ注意したいことは、旧約聖書の伝道者コヘレトには、一つ知らないことがあった。
「太陽の下」という言葉が3回出てくる。口語訳では「日の下」と訳されている。神が日の上に留まっておられず、日の下に降りたもうたということです。神はその活動の場所を日の上ではなく、日の下に求めたもうたということ。人間でさえこんな世界と愛想を尽かせて、世捨て人になる者さえいるような、この世界に降ってこられた。他ならぬ神ご自身が、人の子らの労苦を引き受けられたということ。このことをコヘレトは、まだ知らされてはいませんでした。
他ならぬ神ご自身が、地上の労苦を、有用なものと認め、自ら地上の労苦に参加されたということを、コヘレトは知らされていませんでした。ヨブはその厳しい苦難の中で、神と自分との間に立って下さる仲保者を求めた。しかも自分の味方として立って下さる方を求めた。預言者たちは皆、この方の到来を待ち望んでいたのです。その方がベツレヘムの馬小屋にお生まれになった。限りなく人間の側に立つ仲保者としてお生まれになった。讃美歌の280番にあるように、この方は、
馬槽のなかに うぶごえあげ、
木工の家に ひととなりて
貧しきうれい 生くるなやみ、
つぶさになめし この人をみよ。
「つぶさに」というのは、「残らず」「ことごとく」という意味です。
貧しさゆえのうれい、生きていく上での悩み、悲しみ、残らずその身に引き受けられたというのです。
キリストは伝道者コヘレトの目に映じたような空しい世界に来られて、働き、苦しみ、そして勝利された。神に栄光を帰するということは、神の愛を勝利に導くことです。
私たちが人生の意味を肯定する根拠は、ここにしかない。そうでなければ、単なる悲観論者か、或いは軽薄な楽観主義者であるに過ぎない。
だから主イエスは、ヨハネ福音書15章、告別の説教の中で、「私につながっていなさい」という言葉を繰り返されたのです。主イエス・キリスト
なしには、すべてがコヘレトの目に映じたことが真実となるからです。「私から離れては、あなた方は何もできない。」なぜなら、「空の空 一切は空である」という言葉が聞こえてくるからです。
十字架と復活という事実が明らかにされた今、彼岸と此岸が大きな神の意志によって貫かれ、私たちの前に明らかにされたのです。ダニエルの世界とコヘレトの世界が、一つになったのです。
今週の聖句「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて(神の定められた)時がある。」そして、「神のなされることは皆その時にかなって美しい」(口語訳)
もうすぐクリスマスです。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」この両者の間には、無限の距離があり、断絶がある。いと高きところには神がおられ、地の上には人間がうごめいている。しかしこの両者が、今や結ばれる時が来た。コヘレトがこの地上の最高の知恵者として調べ尽くして得た結論、「空の空 空の空、一切は空である」という世界が打ち破られ、「神は愛である」という御旗がはためき、いと高きところと地の上が、新しい関係に置かれるというのです。それは隔絶した断絶の状態ではなく、神の御心がこの地上にも行われるのです。空しい時は神が定められた時となり、悲しみの時は慰められる時となる。殺すは癒しに結びつき、壊すは建てるに結びつく。泣くことは笑うことに通じ、悲しむことは踊ることに変えられる、というのです。
救い主の誕生の記事を読む時、私たちは改めて主イエスを心の中に迎え、これまでの生活の歴史の中になかった、新しい始まり、新しい時、新しい使信、good tidingsを聞きたいと思います。
[1] ヨハネ福音書13:1
[2] マタイ福音書20:20~28
[3] へブル書11:1「確信することである」という言葉を、「架け橋である」と言い換えてみました。
[4] 方丈記 鴨長明作 「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみにうかぶうたかたはかつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と栖(すみか)と又かくのごとし。」
[5] 「コヘレトの言葉」ヴァルター・リュティ著 宍戸達訳 新教出版社 P.6
[6] 「聖書ガイド」日本聖書協会・編 P.73
[7] コへレトの言葉1:1 私たちが使っている「新共同訳聖書」の後に刊行された「聖書協会共同訳」では、ここの言葉は、従来の口語訳に戻り、「空の空 空の空、 一切は空である。」となっています。
[8] 「コへレトの言葉を読もう」P.21 小友 聡著 日本基督教団出版局