2021年10月17日日曜日

天国(2021年10月17日 主日礼拝)

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)


讃美歌21 504番 主よ、み手もて 奏楽・長井志保乃さん

礼拝開始のチャイムはここをクリックするとお聴きいただけます

週報(第3590号)電子版はここをクリックするとダウンロードできます

宣教要旨(下記と同じ)のPDFはここをクリックするとダウンロードできます

「天国」

ヨハネの黙示録7章9~17節

関口 康

「彼らは大きな苦難を通って来た者で、その衣を小羊の血で洗って白くしたのである。」

今日は新約聖書のヨハネの黙示録を開いています。旧約聖書39巻、新約聖書27巻、合計66巻の最後の66番目の書物です。旧約と新約の書物の数は「さんく、にじゅうしち」と九九(くく)の語呂合わせで覚えると忘れません。

ヨハネの黙示録が書かれた時代的背景として考えられているのは西暦1世紀末、特に紀元81年から96年までローマ帝国がドミティアヌス皇帝によって支配されていたことと関係あるだろうということです。

ドミティアヌス皇帝は、ローマ帝国が支配する地域の至るところに自分の像を建てさせ、その像の前で自分に対する忠誠を誓わせた人です。ローマ皇帝を神として礼拝させる行為です。像を拝もうとしない人々は迫害し、殺害しました。そのような行為は偶像礼拝であるとみなして拒否するユダヤ人やキリスト者は、迫害と殺害の対象でした。

今のわたしたちにそのようなことはないと言い切れるかどうかは、考え方次第です。私自身は体験的には知らない世代ですが、80年前の大日本帝国の時代には、それときわめて近い、または同じと言いうる状況だったことを実際に体験なさった方々がおられるでしょう。

戦後はどうでしょうか。宮城遥拝をしない者は逮捕抑留されるという状況はなくなりました。しかし、違う形のもっと巧妙な方法による宗教抑制が今でも続いていると私は感じます。うまく説明できませんが、何かしら抑制をかけられている気がしてなりません。

日本のキリスト者人口が何十年も国民の1%を越えないことは、諸外国の教会の謎だそうです。以前もお話ししましたが、アメリカ人の宣教師から直接聞いたのは、日本でキリスト教を広めるために多くのアメリカ人の献金と人材を送ってきたのに一向に伸びない。同じだけのお金と人材をミャンマー伝道へと振り替えれば日本の教会の何十倍も多くの信徒を得られることが分かったので、日本伝道から撤退しようという提案が何度となくなされるという話です。

しかし、その話をしてくれた宣教師たちはなんとか日本にとどまって伝道を続けたいので本国教会で事情を説明しなくてはならないが、うまく説明できなくて悩むというのです。

作り話ではなく、まだ10年ほど前に、私のこの耳で、しかもアメリカ教会と日本教会の正規の会議の場で実際に聞いた話です。

そういう話を聞くと「わたしたちは」と言っておきますが、日本のキリスト者は真面目なので、自己責任を感じやすいところがあり、自分たちの努力が足りないから教会が伸びない、キリスト者人口が増えないと当然考えるわけですが、本当にそうなのか、理由はそれだけなのか、わたしたちの努力不足なのかという点は、一向に分からずじまいです。

それでも何らかの説明をしなければならないので、「日本の風土や伝統文化にキリスト教は適合しにくい」とか「日本古来の強大な宗教の壁はあまりにも厚い」などの理由を考えることになりますが、私に言わせていただけば、どの説明を聞いてもよく分からないし、納得が行きません。

これだけは言わせてほしいです。個人的な努力や小さな集団の努力だけでは如何ともしがたい、政治や経済という大きな力が働いているような気がしてならないということは、決して責任逃れの意味ではなく思うところです。今のわたしたちはまるで、ローマ帝国の全領土の住民にローマ皇帝の像を拝むように強いられた只中にいた、西暦1世紀の教会さながらです。

そのような圧力も障害も何もないと言うかどうかは考え方次第です。私には、どうしてもそのように思えないです。圧力も障害も「ある」としか言いようがありません。

その中で、イエス・キリストへの信仰を守り、かつ信仰共同体としての教会の存在にとどまり続けた人々に待ち受けるのは迫害と殉教の道だったわけですが、その道を貫いた人々を神御自身が、神の小羊なるイエス・キリストがそこで待っておられる「天国」へと受け入れてくださるというのが、ヨハネの黙示録の基本思想であると言えます。

ヨハネの黙示録が描く「天国」だけが聖書における天国の意味ではないと言うべきかもしれません。確かに「天国」にはもっと他にも多くの異なる意味があります。ヨハネの黙示録における意味だけで「天国」を説明しますと、不満が生じる可能性がないと限りません。

なぜなら、その意味での「天国」は、先ほど申し上げたとおり、地上においてイエス・キリストへの信仰を与えられ、信仰共同体としての教会の仲間に加えられたうえで、ローマ皇帝の像の前で忠誠を誓う皇帝礼拝を拒否したことで迫害を受け、殉教した人々の信仰の努力に対する報いとして与えられるものだからです。

すでに疑問を感じておられる方がいらっしゃるのではないかと思います。私自身もこの説明をしながらすでに葛藤しています。もしそれが「天国」だというなら、地上で信仰を持たなかった、教会に通わなかった、あるいは、ある時期までは熱心に教会に通っていたけれども人生の途中でそれをやめてしまった、その人々はいったい今どこにおられるのだろうという問いが、おそらく必ず誰の心の中にも起こるであろうからです。

どんなことであれ、わたしたちがいろんなことについて筋道を立てて順を追って考えるときに必ずするのは、ひとつのことの表側だけではなく、裏側まで考えることです。「このような人々が天国に受け入れられる」という話を聞くだけで、「その説明に該当しない人々は、どこに受け入れられるのか」ということをだれでも必ず考えます。そこが天国でないなら「地獄」なのか。それとも、天国でも地獄でもない「第三の」場所なのか。そんなところが本当に存在するのかと。

それだけではありません。そもそも、迫害だとか殉教だとかを耐えて我慢してまで信仰を守り、教会の交わりにつながることを、神が本当に求めておられるのか。そのような苦しみに堪えられない弱い人々を、神は切り捨て、我慢強い人々だけの「天国」を神が要求しておられるのかと。

もしそれが神だというのなら、私にとっては堪えられない神なので、信じることができないし、信じることで苦しみ、信じることで死なねばならないなら、信じるのをやめて楽になり、生きる道を選ぶほうが救いだろうにと考える人々は必ずいるだろうと、私には思えてなりません。

しかし、今申し上げているのは結論ではありません。ただ「考えている」だけです。はっきりしているのは、わたしたちの神は弱い人を切り捨てる方では断じてないということです。しかしまた、信仰をもって生き抜き、教会の交わりの中にとどまり続ける人々を神は喜んでくださり、「天国」を約束してくださっています。その2つのことは矛盾しないと私は考えます。そのことを皆さんに納得していただける言葉で、うまく説明できないだけです。言葉の限界を感じます。

(2021年10月17日 主日礼拝)

2021年10月10日日曜日

教会と政治(2021年10月10日 主日礼拝)

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)
讃美歌21 443番 冠も天の座も 奏楽・長井志保乃さん

礼拝開始のチャイムはここをクリックするとお聴きいただけます

週報(第3589号)電子版はここをクリックするとダウンロードできます

宣教要旨(下記と同じ)のPDFはここをクリックするとダウンロードできます

「教会と政治」

ローマの信徒への手紙13章1~10節

関口 康

「愛は隣人に悪を行いません。だから、愛は律法を全うするものです。」

今日の宣教題を「教会と政治」としたのは、今日の朗読箇所の最初に「人は皆、上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです」(1節)と記されている中の「上に立つ権威」は「国家」、あるいは一般社会的な意味での「政治的支配者」を指しているというのが、この箇所の伝統的な理解だからです。

続く箇所に「実際、支配者は、善を行う者にはそうではないが、悪を行う者には恐ろしい存在です。あなたは権威者を恐れないことを願っている。それなら、善を行いなさい。そうすれば、権威者からほめられるでしょう」(3節)とか、「権威者はいたずらに剣を帯びているのではなく、神に仕える者として、悪を行う者に怒りをもって報いるのです」(4節)とか「あなたがたが貢を納めているのもそのためです」(6節)とか、「貢を覚めるべき人には貢を納め、税を納めるべき人には税を納め、恐るべき人は恐れ、敬うべき人は敬いなさい」(7節)と記されています。

いま一気に言いました。これは武器で悪人を取り締まる警察の存在や、税金で社会を整備する国家や政治を指しているということが、少しあるいはかなり分かりにくい書き方ではありますが、たしかに記されているということを確認したいと願うからです。

分かりにくいと申し上げたひとつの理由は、「国家」や「政治」とはっきりとは記されていないからです。その代わりに「支配者」や「権威者」と記されています。しかし、分かりにくい理由はそれだけではありません。

もっと分かりにくいのは、この箇所で「支配者」ないし「権威者」と呼ばれている存在が「神に由来しない権威はない」とか「すべて神によって立てられたもの」(1節)であるとか「神の定め」(2節)であるとか、「権威者は神に仕える者」(4節、6節)であるとか記されているところです。

これはキリスト教国の話でしょうか。いや、いくらなんでもローマの信徒への手紙が書かれた頃にキリスト教国は存在しない。ユダヤのことか。いや待て。この時代のキリスト教会はユダヤ教徒から迫害されていた。まるで手放しに彼らに従うべきだと言い出すのは考えにくい。当時のユダヤを支配していたローマ帝国のことか。ローマ帝国は神が立てたものであるとパウロが本気で言うだろうか。もしそうならそれは一体何を意味するのだろうと考え込んでしまうことになるからです。

「そうではない。これは教会のことを指している。神に由来する権威とは教会だ。それ以外は考えられない」と言いたいかもしれません。しかし、教会が剣で悪人を取り締まるでしょうか。貢や税を要求するでしょうか。そのほうがよほどおかしなことを言っていることになるでしょう。

結論を言えば、これは教会ではありません。やはり、国家ないし一般社会的な意味での政治のことです。王国の場合は王とその家来たちです。民主的な国の場合は「国民が主権者である」ということになるかもしれませんが、選挙で選ぶにせよ、とにかく国家権力や警察権力を委託した相手のことです。教会が武器を持つことはないし、税金を集めることはありません。そういうことをするなら、それは教会ではありません。

私は自分がよく知らないことについては、言わないようにしているつもりです。しかし、気になるのはカトリック教会の存在です。総本山のバチカンは独立国家です。軍隊は無いそうです。警察は永世中立国であるスイスからの傭兵が担当するそうです。それでも、バチカンが国であるという事実に変わりありません。しかし、同時に教会でもあるでしょう。

パウロが書いているのは、現代のバチカン市国のことでしょうか。要するにローマ教皇の権威に従うべきだという意味でしょうか。そうではないということを、「わたしたちはプロテスタントだから」という理由からではなく、別の理由から申し上げる必要があると私は考えます。

分かりやすく説明するのは難しいです。申し上げたいのは、この箇所の「神に由来する権威」は現代のバチカンではない、ということです。キリスト教国に限定される意味でもありません。

そうではなく、教会とは区別される別の存在としての一般社会的な意味での国家であり、政治のことです。それは西暦1世紀のパウロをとりまく社会そのものです。キリスト教会を容赦なく迫害してくる強大な国家権力です。一方にユダヤの王とその家来、他方にローマ帝国。その両者からキリスト教会は迫害を受け、死に至らしめられました。

しかし、そのようなキリスト教会の敵対者を指して、パウロが「神に由来する権威」と呼び、「神によって立てられた権威」と書いていることに、わたしたちは大いに驚くべきです。

納得できない方がおられるでしょう。今のわたしたちでいえば、この日本の政治家や警察官、さらに天皇の存在を考えざるをえなくなるからです。あの人々が一体どの意味で「神に由来する権威」なのか全く理解に苦しむと思われる方がおられるでしょう。

納得できないとおっしゃる方にどう説明すればよいか迷うばかりです。しかし、そういう場合は逆のことを考えてみるとよいかもしれません。わたしたちが納得できる存在になるまでは国家権力や警察に従う必要はなく、税金を納める必要もないと考えてよいかどうかです。その理屈が成り立たないことは、だれでも分かります。しかし、問題はどのように説明するかです。

これを「パウロの信仰」と呼ぶべきかどうかは疑問です。私は「聖書の教え」と言いたいです。それは、「神」への「信仰」があるかどうかにかかわらず、一般社会的な意味での政治ないし国家による統治が、人間同士が争い合い、殺し合うのを防ぐために必要であることを神さまがお考えになり、人間社会にそのような制度を神さまが作られたということです。

神は無政府主義者ではありません。神は人間を政治的な存在に造られた、とも言えるでしょう。人間である以上、愛し合い、助け合うことにおいても司法・律法・行政のような政治機構が必要であるということです。無秩序の中では人間同士の愛は成立しない、ということです。

信仰の有無は関係ありません。ひとつの国が「神を信じない人は追放されなければならない」と言うならば、それは国ではありません。宗教団体です。しかも悪い宗教団体です。

家族も同じです。「神を信じない家族には生活費も食事も与えない」と言い出すなら、家族でもなんでもなく、凶悪な宗教団体です。「クリスチャンホームだから」は理由になりません。それは虐待であり、犯罪です。信仰の衣を着た狼です。その手のとんでもないたぐいを取り締まるために、神さまは教会とは別の権威をお立てになりました。そのように考えることができます。

イエスさまがおっしゃったではありませんか、「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」(マタイ5章45節)と。神さまは、その人が信仰を持っているかどうかに関係なく、すべての人の命と生活を守ってくださいます。そしてそうするために、神さま御自身が、国の存在とその中で営まれる政治を要求されるのです。

(2021年10月10日 主日礼拝)

2021年10月3日日曜日

信仰による生涯(2021年10月3日 主日礼拝)

台風16号通過後の青天(2021年10月2日)
字は関口牧師が書きました(2021年10月2日)
 
讃美歌21 458番 信仰こそ旅路を 奏楽・長井志保乃さん


「信仰による生涯」

ヘブライ人への手紙11章13~16節

関口 康

「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。」

9月末をもって政府の緊急事態宣言が全面的に取り下げられ、すべて終わったかのような空気が蔓延している感があります。しかしそれこそ蔓延防止対策が必要ではないかとかえって警戒心を抱きながらの3日目を、私自身は迎えています。

もっとも私は、現時点においては、週に4日は電車やバスに長時間乗って学校で教える働きをさせていただいている関係上、首都圏の現状を肌感覚で知らずにはいないつもりです。

そのような中で、わたしたちの教会が、9月から礼拝堂での礼拝を再開し、みんなで集まることをしてきたのは良かったと私は考えています。礼拝出席者は以前と同じか、少し多くなってきているようにも感じます。

今教えている高校で一昨日したばかりの話ですが、「教会」はギリシア語で「エクレーシア」と言い、「集会」とか「集まり」という意味です。これは教科書の言葉です。さらに次のように書かれています。「個人の家や公共の建物、時には野外で、イエス・キリストの名のもとに集まり、祈りや礼拝がささげられ、継続的な集会を持っている共同体はすべて、礼拝堂があってもなくても教会と言います」(キリスト教学校教育同盟編『キリスト教入門』創元社、2015年、36ページ)。

この教科書の著者が強調しようとしている点は明白です。「教会」(エクレーシア)とは、人が集まることそれ自体であり、集会そのものであり、集まる人を指すのであって、建物を指すのではないということです。建物としての「礼拝堂」は英語でチャペル(chapel)と言うが、「教会」はチャーチ(church)と言う、という説明まであります。

わたしたち自身が判断して行ったことを否定するつもりはありません。しかし、「各自自宅礼拝」がエクレーシア(教会)かどうかは、よく考えるべき課題です。インターネットの「オンライン礼拝」はエクレーシア(教会)かどうかの問題も同様です。団体を維持できるかどうかの問題ではありません。わたしたちの心の問題、信仰の問題です。独りでいることの寂しさの中で、心の支えを失うことの恐怖のほうが、他のどの恐怖よりも人を苦しめる場合が実際にあります。

今日開いていただいた新約聖書のヘブライ人への手紙は、昨年(2020年)6月28日の礼拝でも取り上げてお話ししたことを、記録で確認しました。そのときも申し上げましたが、この手紙が書かれた年代は西暦1世紀の終わり頃、80年代から90年代だろうと聖書学者が判断しています。つまり、イエス・キリストの死と復活、そして聖霊降臨(ペンテコステ)の出来事を通して地上に「教会」(エクレーシア)が生み出された西暦30年代から50年ないし60年の年月が経過した頃にヘブライ人への手紙が書かれたと考えることができます。

「ヘブライ人」とはユダヤ人のことです。イスラエル人と言っても意味は同じです。西暦1世紀のユダヤ人の中からイエス・キリストを信じて生きる人々の集まりとしての「教会」がいわば分かれ出た関係にあることは、歴史的な説明としては正しいと言えます。しかし、ユダヤ人以外の人々の目から見れば、ユダヤ教とキリスト教のどこがどう違うのかをはっきり区別できるほどの差はまだ無かったかもしれません。そのような時代に書かれた書物です。

昨年6月にこの手紙についてお話ししたときは12章18節から29節までを取り上げましたが、今日は11章13節から16節までです。しかし、この手紙の11章から12章にかけて書かれている内容は一貫しています。わたしたちがそう呼ぶところの「旧約聖書」を要約しています。「わたしたちがそう呼ぶ」とお断りするのはユダヤ教にとっては「新約聖書」は聖書ではなく、キリスト教会が「旧約聖書」と呼ぶ書物こそ、ユダヤ教の「聖書」だからです。

その意味では、ヘブライ人にとっての「聖書」全体を見通して、その中に登場する人々のことを思い起こし、そのひとりひとりの信仰と生きざまを思い起こしなさいと呼びかけているのが、今日わたしたちが開いている箇所の趣旨であると言えます。

なぜこの箇所にそのようなことが書かれ、そのような呼びかけがなされているのかについては、歴史的な文脈があると考えることができます。それは、西暦60年代から70年代にかけて、当時のユダヤを支配していたローマ帝国との間に大きな戦争があったことです。エルサレム神殿は破壊され、さらにその後の西暦135年にも決定的な戦争があり、ユダヤ人が完全に国土を失う事態になったことです。この手紙が書かれたのは、その戦争の最中だったということです。

そのような状況や情景を想像しながら、今日の箇所の特に13節に記された言葉の意味を考えるのは意義深いことです。「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました」の「この人たち」は、最初の人間として聖書に登場するアダムとエバの2人の子どものひとりであるアベルから始まります。アベル、エノク、ノア、そしてアブラハム、イサク、ヤコブです。この人たちは「約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表しました」と記されています。

彼らのどこが「よそ者」であり「仮住まいの者」なのかといえば、特にアブラハムが象徴的な存在ですが、実際に彼らが「遊牧民」だったという事実を考えることができます。文字どおりの移動生活者です。多くの家畜を飼いながらチグリス・ユーフラテスの2つの大きな川に挟まれたメソポタミア地方から、今のパレスティナを経由してナイル川流域のエジプト地方までをつなぐ「肥沃な三日月地帯」を西へ東へ移動していた遊牧民が、彼ら自身の先祖の姿です。

ヘブライ人への手紙の著者が、いにしえの遊牧民たちの姿を思い起こすことを西暦1世紀末の教会に呼びかけているのは、戦争によって神殿を失い、国土すら失いつつあったユダヤ人たちに対する希望と励ましのメッセージだったと考えることができます。

実は私もそうなのですが、移動生活者にとっては、愛着を抱くことができる礼拝堂(チャペル)はありません。神殿もありません。しかし信仰があり、礼拝があり、集会(エクレーシア)がありました。だからこそ、希望があり、喜びがあり、苦難に堪えて生きる勇気の源泉があったのです。

わたしたちはどうでしょうか。幸いなことに、昭島教会には立派な礼拝堂があります。「教会といえば建物のことを指す」と言う人がいても、完全な間違いであるとは言えません。逆に、この建物に集まって行う礼拝以外は教会の正規の礼拝とは言えない、とも言えません。しかし、大事なことは、集まること自体です。エクレーシア(集会)としての教会であるかどうかです。独りで孤立していないかどうかです。信仰の仲間と共に生きているという実感があるかどうかです。

(2021年10月3日 主日礼拝)

2021年9月28日火曜日

中古バイクを購入しました

牧師の機動力を高める目的で教会で中古バイクを購入しました。これからは自転車とバイクのハイブリッドで週報宅配等に行きます。車体選定は役員会にお任せし、昭島市内で定評ある山崎輪業さんが完璧に仕上げてくださった美しく素晴らしい車体になりました。ありがとうございます。

2021年9月28日 山崎輪業にて購入


2021年9月26日日曜日

よきサマリア人の譬(2021年9月26日 主日礼拝)

自転車で週報を配布する〔2021年9月19日)
旧讃美歌 520番 しずけきかわの 奏楽・長井志保乃さん



「よきサマリア人の譬」

昭島教会 秋場治憲兄

「この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに(私が)払います。」

                         2021年9月26日 

                         昭島教会 秋場治憲    

          「よきサマリア人の譬」

               ルカによる福音書10:25~37

               今週の聖句:ルカによる福音書10:35

 

今日のテキストは誰でもよく知っている「よきサマリア人の譬」です。そのお話は絵画的であり、また紙芝居的でもあり、教会学校でも恰好の教材となっています。私も何度か教会学校で取り上げたことがありますので、教会学校の礼拝にいつも出席されている方は、部分的には聞いたことがあるかもしれません。その時のことを思い出しながら読んでいただけたらと思います。

ただそれだけに私達が聖書を読んでいる時でも分かりきっているお話ということで、この物語に登場してくる祭司やレビ人のようにこの物語を横目に見ながら通り過ぎてしまうことはないでしょうか。よきサマリア人の譬か、「隣人に親切にしましょう」という教会学校のお話だ、というような先入観をもってはいないでしょうか。今日はこの分かりきっていると思われる物語を、今少し深堀をしてそのメッセージに耳を傾けてみたいと思います。

 

新約学者が10人集まると、10の意見があると言われるくらい、様々な意見がある中で、この「よきサマリア人の譬」は10人が8人までが間違いなく主イエスご自身が語られたものであるという点で一致しているとのことです。

このお話は色々な角度から読むことが出来ます。「律法と福音」「宗教と道徳」「永遠の命」「隣人とは」「信仰の確かさ」等、いずれの角度から読んでも実に深い示唆を与えてくれるお話です。それだけに内容は深く、全聖書がここに凝縮されていると言っても過言ではありません。礼拝の中でのお話は、時間の制限があり充分にお話することは出来ませんので、これを以って不足を補っていただけたら幸いです。

 

このお話を理解するためには、ユダヤ人とサマリア人の歴史に目を向けなければなりません。この歴史を理解しなければ、どうして元々は一つの民族であった両者が、骨肉の争いをするようになったのかが分からず、またこのお話も十分には理解することができません。また律法の規定にも目を向けなければなりません。そうしないと祭司やレビ人の行動を理解することができず、またイエスの言葉の意味も十分には理解することができません。従って、普段あまり読んだことのない旧約聖書のいくつもの箇所を参照しなければなりません。少々骨の折れる作業が必要です。でもこの作業を一つずつクリアしていくと、最後には今まで見たこともなかった景色が見られるのではないかと思います。

 

冒頭25節、新共同訳も口語訳も「すると」という言葉で始まっています。そうすると<どうすると?>ということが気になります。そこで少し前に目を転じますと、そこには七十二人が喜びにあふれて帰ってきた弟子たちを主イエスが迎えた時の様子が記されています。10:17~24を読んでみてください。今回はこの内容には深入りせず、この後に続く律法の専門家との関係においてだけ見てみたいと思います。

 

17節「主よ、お名前を使うと、悪霊さえも私達に屈服します。」18節「私は、サタンが稲妻のように天から落ちるのを見ていた。」21節「そのとき、イエスは聖霊によって喜びにあふれて言われた。『天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。』」。23~24節「それから、イエスは弟子たちの方を振り向いて、彼らだけに言われた。『あなた方の見ているものを見る目は幸いだ。言っておくが、多くの預言者や王たちは、あなた方が見ているものを見たかったが、見ることはできず、あなた方が聞いているものを聞きたかったが聞けなかったのである。』」

 

この状況をこの律法の専門家は間違いなく近くにいて、一部始終を見聞きしており、彼がこれからイエスに対してする質問は、それに対する反応であったと言うことをこの「すると」という言葉が示しています。上記の言葉を律法の専門家が聞いたとしたら、どんな思いを持つか考えながら読み返してみてください。当時のユダヤ人の社会では律法の専門家とは、神に関して必要なあらゆる知識を有する者、知恵あるもの、賢い者、教える者でした。今、目の前でくりひろげられている状況は、その彼の専門分野が完全にイエスの手に渡ってしまって、この分野の専門家であるはずの彼は、完全に蚊帳の外に置かれており、無視されてさえいます。これは専門家としては黙っている訳にはいきません。彼のうちにはイエスに対する対抗意識、競争心、嫉妬心が沸き起こってきており、その結果としての質問が「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。[1]」という質問になったのです。イエスはこの律法の専門家の下心を察し、その質問に対してイエスは「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか。」と問い返します。これに対して律法の専門家は専門家らしく、得々として自分の知識を語りだします。「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい[2]、また、隣人を自分のように愛しなさい[3]、とあります。」と。イエスは答えます。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」と。

 

さてここで図らずもこの律法の専門家の下心が露見してしまったのです。彼は十分すぎるほど答えの分かっていることを、イエスを試すために質問したということがばれてしまったのです。「先生」という呼びかけも、上辺だけのものであったことが明るみに出てしまったのです。そこでこの律法の専門家は、自分の下心の隠ぺいとイエスとの立場の違いを鮮明化させようとして、「自分を正当化[4]しようとして」(新共同訳)新たな質問を繰り出すのです。「では、私の隣人とはだれですか。」と。そこでよきサマリア人の譬が始まります。

 

エルサレムからエリコまで地図上の直線距離で22㎞、実測値では30㎞になるそうです。標高はエルサレムが790m、エリコは-250m、その落差は1040m、これは47m/㎞となりかなりの勾配となります。従って道は曲がり、必然的に死角が多くなります。強盗どもには格好の場所となったようです。

 

この「隣人とはだれですか」という質問の背景には、レビ記19:18の「復讐してはならない。(自分の)民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。」という律法がありました。また少し前の15、16節には、「あなた達は不正な裁判をしてはならない。あなたは弱い者を偏ってかばったり、力ある者におもねってはならない。同胞を正しく裁きなさい。民の間で中傷をしたり、隣人の生命にかかわる偽証をしてはならない。わたしは主である。」カトリック教会の司祭でもある井上洋二著「新約聖書のイエス像[5]」には次のように解説されています。「隣人とは、明らかに同じアブラハムを祖先にいただく同胞のことであり、異邦人(サマリア人も外国人との混血児であり、異邦人同様にみなされていた)は隣人の対象から除外されている。「あなたの国の人々を恨んではならない」ということは、これをひっくりかえせば、同胞以外の人なら恨んでもよいということにもなろう。ある人々にとっては、敵国の手先になって税金を同胞からしぼりとっているローマ直轄地の取税人や、駐屯しているローマ兵を相手に春を売っている売春婦などは、もはや隣人とは考えられていなかったのではなかろうか。」と。取税人や売春婦と共に食事をするあなたは、この律法の規定を理解していないのではないか、というのが律法の専門家の趣旨です。よきサマリア人の譬は、その質問に対するイエスの答えとなっています。先の地理的、地勢的状況も念頭に置いて、イエス様が語られた以下の物語を読んでみて下さい。このお話には「よきわざ」と「信仰の確かさ(救い)」という二つのテーマが、最終的には一つに合流していく様子が描かれています。

 

<ルカ福音書10:30~37>

「ある人がエルサレムからエリコへ下っていく途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服を剥ぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。ある祭司がたまたまその道を下ってきたが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。同じように、レビ人もその場所にやってきたが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」律法の専門家は言った。「その人を助けたひとです。」そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」(新共同訳)

 

ルカ福音書ではこの出来事はイエスがガリラヤからエルサレムへ向かう途上での出来事としています。その旅の冒頭にサマリア人から歓迎されないイエス一行の話(ルカ9:51~56)が出ています。弟子のヤコブとヨハネが、「天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか[6]」とまで言ってイエスにいさめられています。

このことからもユダヤ人とサマリア人が骨肉の争いをしていたことがわかります。サマリア地方を通ってエルサレムに向かう巡礼者たちが、度々襲われていました。他にもシカルの井戸で水を飲ませて欲しいというイエスに、水を汲みにきたサマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女の私に、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか。[7]」と言っています。極めつけはイエスに対しても「あなたはサマリア人で悪霊に取りつかれている。[8]」とさえ言っています。ユダヤ人とサマリア人がどうしてこんなに憎み合い、争うようになったのかというと、北王国イスラエルは紀元前724年、アッシリアのサルゴン二世によって滅ぼされ、住民は捕囚としてアッシリア[9]へ連れていかれました。サルゴン二世はイスラエルに多くの外国人を移住させ、結果として残された人たちとの雑婚が始まり、イスラエルはその信仰の純粋性を失うに至るのです。この時の様子が列王記下17:24~41に記されています。その後アッシリアはバビロンに滅ぼされ、バビロンは紀元前586年エルサレムを陥落させ、ユダヤの住民は捕囚として1600㎞も離れたバビロンへ連れていかれます。この捕囚は50年の長きに及び、その間にメソポタミヤ文明の影響を受けたと言われています。しかしその後バビロンはペルシャに滅ぼされ、ペルシャ王キュロスはイスラエルの民の解放を宣言[10]し、民が帰国してエルサレム神殿の再建に着手することを認めます。その先遣隊の中心となったのがエズラ、という預言者です。エズラはユダヤの民がこのような捕囚にあったのは、神の律法を守らなかったからであるとして、厳格に律法を遵守することを打ち出します。異邦人の妻を持つ者は即刻その妻を去らせることを強要[11]したのです。また神殿再建に際してサマリアの住民からの協力を断り、サマリア人の神殿受け入れを拒否[12]しています。ユダヤの民はそれまでエルサレムの神殿を中心としてきていたのを改め、各地に会堂を建設して律法の遵守を徹底したのです。サマリア人はこれに対抗し、ゲリジム山に自分たちの神殿を建立し、自分達のモーセ五書を編集しています。この後ユダヤの地は紀元前333年アレクサンダー大王によりシリア、パレスチナが征服され、紀元前63年にローマの将軍ポンペイウスによってエルサレムが征服され、ローマの属州とされます。そして紀元前6・7年ごろ主イエスが誕生するのです。ユダヤ人とサマリア人の確執は続き、様々な出来事を通して更に増幅されてイエスの時代に及んでいたのです。

アレクサンダー大王[13]の東方遠征は、一つの歴史的出来事に過ぎませんが、彼は後の支配のため遠征の際、多くの言語学者を同行し征服した各地に配置していったのです。インドとの国境線からギリシャのマケドニアまで、そしてシリア、パレスチナ、エジプト、北アフリカという広大な地域を征服したことは、中学、高校の歴史で学んだことです。これは同時にイエスの福音が世界に伝えられるための下準備となりました。聖書がギリシャ語で書かれ、広く世界中の人たちがその福音に触れる機会の創出となりました。また離散したユダヤ人の子孫たちはギリシャ語の世界で成長し、もはやヘブライ語を理解出来なくなっていましたが、旧・新約聖書のギリシャ語訳聖書が登場して彼らの理解を助けました。このギリシャ語はコイネー(共通語)と呼ばれ、福音の普及に大きな役割を果たしたのです。

 

よきサマリア人のお話に戻りますが、律法を遵守することが神の意志であると考えるユダヤ人、祭司とレビ人がその代表として登場してきます。レビ人[14]の歴史はモーセの時代にさかのぼりますが、神殿に仕える務めを託された者達で、神殿、幕屋に付属する器物の管理や楽隊、合唱隊の役割を受け持っていました。これら神殿における役割を受け持つ祭司とレビ人が傷ついた旅人[15]を捨て置き、骨肉の争いをしてきたサマリア人が手を差し伸べたというのは全く意外なことであり、驚きだったのです。ありえないことだったのです。現代の私達から見れば、この神殿に仕える祭司とレビ人が半死半生となっている旅人を見捨てて立ち去ったということは、許されざることと思われるかもしれませんが、ここにも律法の壁が立ちはだかっていたのです。

 

1はレビ記21:1「親族の遺体に触れて身を汚してはならない。2.ただし、近親、すなわち、父母、息子、娘、兄弟、3.および同居している未婚の姉妹の場合は許される。4.間違っても、親族の遺体に触れて、身を汚すことがあってはならない。」という規定です。第2は民数記19:11~13「どのような人の死体であれ、それに触れた者は七日の間汚れる。12.彼が三日目と七日目に罪を清める水で身を清めるならば、清くなる。しかし、もし、三日目と七日目に身を清めないならば、清くならない。13.すべて、死者の体に触れて身を清めない者は、主の幕屋を汚す。その者はイスラエルから断たれる。清めの水が彼の上に振りかけられないので、彼は汚れており、汚れがなお、その身のうちにとどまっているからである。[16]」という規定です。

 

祭司もレビ人もこの規定を知らないはずはなく、もしその旅人が死んでいたなら神殿での聖務につけなくなると考えたことでしょう。目の前に横たわる人間よりも、律法第一主義を旨とする二人にとっては律法に従ったまでのこと、なのかもしれません。しかし、この点こそが主イエスが批判して止まない点なのです。

 

33.ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、34.近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。35.そして、翌日になるとデナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』36.さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。

37.律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」そこで、イエスは言われた。行って、あなたも同じようにしなさい。

 

 イエスは律法の専門家の質問に正面から答えてはいません。「私の隣人とはだれですか。」という質問は、どこまでが私の隣人なのか、と問うているのです。主イエスが食を共にしている取税人や売春婦やサマリア人も含まれるのか、と問うているのです。これに対するイエスの答えは、誰が追いはぎに襲われ半死半生で道端に倒れている旅人の隣人となったか、というものでした。イエスは律法の専門家に問い返すことによって、彼のその問の設定そのものが間違っているということを指摘しているのです。ユダヤ人達が見下して止まないサマリア人をして、隔ての中垣を取り除き、民族、宗教、人種、地位等に関係なく、助けを必要としている人の隣人になることが、隣人を愛するということであり律法が求めていることである、と言っているのです。ユダヤの民族主義に凝り固まった律法(解釈)に風穴が開けられ、キリスト教が世界宗教としての基を据えた瞬間でもあります。

この律法の専門家の最後の言葉、「その人を助けた人です。」という言い方も、すべて代名詞で答えています。素直に「サマリア人です」という答えにはなっていません。この言い方は聞いたことがあります。放蕩息子の兄の言葉です。「あなたのあの息子が、・・・」であり、自分の弟ではなくなっています。私達もよく使うのではないでしょうか。「あの人は・・・」「あの方は・・・」と。どこかで自分との関係を断ち切っている使い方です。相手を物(it)として見ている時の使い方です。

 

 マルチン・ルーサー・キング牧師がこの「よきサマリア人の譬」をテキストにして説教した際、祭司とレビ人は自分がこの人を助けたなら、自分はどうなるか、と考えた。サマリア人はもし私が今この人を助けなかったなら、この人はどうなるか、と考えた、と語っていたというのをどこかで読んだことがあります。イエスの指摘していることを要約した言葉ではないかと思います。

 

 ところでこの譬については古来、全く別の解釈がなされてきました。それはこの旅人はアダムであり、律法の下で罪の呪縛のもとにのたうち回る罪人であり、この人によきサマリア人であるキリストが手を差し伸べるという理解の仕方です。その視点から読むと、サマリア人はその旅人の傷にぶどう酒を注ぎ、油を塗り、包帯をしてその傷を包み、自分が座すべきろばの背にこの旅人を乗せ、ご自身は本来この旅人が歩くべき埃にまみれた道を歩き、宿屋に連れて行って介抱した、となります。ルターはここで「聖なる交換」が行われていると言っています。我らの罪がキリストの罪となり、キリストの義が我らを覆われる、というのです。

35.そして、翌日になるとデナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』と。私達はこの言葉を軽く聞き流してはならないと思います。言葉を変えれば、この言葉は「この人の傷が完全に癒されるまでに必要なすべての代価は、私が払います。」と言っているのです。「もし更に費用がかかったら、私が帰ってくる時に、私が払おう」と言っているのです。「この人の傷は(罪は)、私が完全に贖おう」だからこの人の世話をお願いします。そして古来この宿屋は教会と理解され、「私が帰ってくるときに」というのは、キリストの再臨と理解されてきました。

私達は現実には罪人であり、罪人以外の何物でもありません。しかしこの言葉「この人の傷が完全に癒されるまでに必要なすべての代価は、私が払います。」「もし更に費用がかかったら、私が帰ってくる時に、私が払おう[17]」という言葉に希望を置く限り、現実には満身創痍で宿屋のベッドに横たわっている者ではあっても、確かな平安のうちに安らぐことが出来るのではないでしょうか。私達の信仰の確かさは、この約束の確かさにあるのです。永遠の命は無代価で、無償で、ちょうどクリスマスの夜にすやすやと眠る子供たちの枕元に、サンタクロースがそっとプレゼントを置いていくように、この旅人の枕元に置かれたのです。よきサマリア人のお話は、永遠の命が律法の専門家の問いのように何かをして獲得されるものではなく、すべての人に差し出されているというのです。神の子が既にその土台[18]を十字架の下に据えてくださったのです。

 

ヨハネ黙示録3:20に「見よ、私は戸口に立って、たたいている。だれか私の声を聞いて戸を開ける者があれば、私は中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、私と共に食事をするであろう。私達がキリストのもとへ行き、扉をたたくなら入れてもらえる、ではないのです。キリストが我々の心の扉をたたき、我々が心の扉を開くと、キリストが中に入り来たり、共に食事をするというのです。我々が苦行、修行を経て悟りに到達するというのではなく、放蕩息子の父親が息子の帰りを今か今かと待ちかねていたように、キリストは待ちかねているというのです。

 

「私は平安をあなた方に残していく。私の平安をあなた方に与える。私が与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな。『私は去っていくが、またあなたがたのところに帰って来る。[19]』と、私が言ったのを、あなた方は聞いている。もし私を愛しているなら、私が父のもとに行くのを喜んでくれるであろう。[20]」(口語訳)

 

ここで言う平安というのは四海波穏やかな状態では必ずしもなく、大波が頭上を越えて行く時も、主に結ばれて平安なりと言っているのです。「いつも喜んでいなさい」とは、こういう信仰に支えられた平安であり、喜びなのです。傷つき倒れている旅人には、何の功(いさおし)もないのです。「しかし働きはなくても、不信人な者(罪人)を義とみなされる方を信じる人は、その信仰が義とみとめられるのです。不法をゆるされ、罪を覆われた人たちは、さいわいである。罪を主に認められない人は、さいわいである。」「罪を主に認められない人は幸いである。[21]」(口語訳)とは、現実には不法を行う者であり、罪を犯す者ではあっても、その不法が、罪がキリストのものとなり、キリストの義の衣をもって覆われていることを信じる者達のことなのです。あの(十字架の)呪いがキリストの全体を呑み込んだのではなく、むしろ、呪いが呑み込まれたことを、ユダヤ人達は理解しなかったのです[22]。イエスの問い返しの主眼点は、その律法に書かれていることをあなたはそれをどう読むかということだったのですが、そこまでは律法の専門家の考えは及ばなかったようです。そしてサマリア人の譬は私達に、その答えを提供してくれているのだと思います。

 

ところでそもそもこのお話は、律法の専門家の「何をしたら永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか」という質問から始まりました。主イエスの「律法には何と書いてあるか、またあなたはそれをどう読むか」という問い返しに、彼は心を尽くし、精神を尽くし・・・、あなた自身のようにあなたの隣人を愛しなさい。と答えました。それに対してイエスは「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる」、と答えたのではなかったでしょうか。それなのに、神は働きがなくても、不信人な者を義と認められる、不法がゆるされ、罪が覆われた者は幸いである、という。前回学んだローマ書3章「20.なぜなら、律法を実行することによっては、だれ一人神の前で義とされないからです。律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。23.人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、24.ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。」ということと明らかに矛盾しています。律法の専門家が答えた律法を「それを実行しなさい、そうすれば命が得られる」、とは「主イエスの皮肉であり、真面目なイエスの様の御教えではない」と榊原康夫牧師はルカ福音書講解第3P.501で指摘しています。律法を為すことによっては誰も、神の義に到達することはできないのです。律法を実行することによっては、罪の自覚しか生じないのですが、それにしても律法の専門家は、律法を熟知しながら、まったく罪の自覚がしょうじていないということは驚くべきことです。律法は霊的なものであり、心の底を求める、ということに気づいていませんでした。この律法の字義的解釈が主イエスを十字架へと追いつめていったのです。

 

最後の「あなたも行って同じようにしなさい。」という言葉は、命令法で書かれています。私はこの言葉を命令ではなく、励ましの言葉として受け止めたいと思います。命令法は依頼や願いも表します。このサマリア人が主イエスで旅人が私であるなら、主イエスは私があなたの隣人になったのだから、あなたも同じように今あなたの助けを必要としている人の隣人になってくれないか。是非そうしてもらいたいのだが、と読むことも可能です。私達は福音から律法をつくりだすことがないように気を付けなければなりません。

 

最後にそれでは私はいったい祭司・レビ人なのか、それともサマリア人なのか。皆様はどちらでしょうか。私はどちらかというとこの旅人に寄り得なかったかもしれない、と思うのです。むしろ、祭司・レビ人の方であったかもしれない。しかし今日のメッセージに励まされ、私もまた主イエスの万分の一にならって、いと小さき者に、いと小さきことをなす者でありたいと願う者です。自分を必要としている人の隣人になりたいものだ、是非そうしたいものだと思う者です。

 

それでも私達が助けを必要としている人の隣人になり得ない時のために、昭島教会ではサマリア基金を創設致しました。様々な事情で困難に直面した人を支援するための基金です。運用は牧師と役員が担当し、支援を受ける人の氏名は伏せられ、返済義務等はありません。返済はその方の経済的困窮がなくなった時、この基金へ感謝の献金をして頂くということになります。皆様のすこしずつの献金が、この旅人を再起させる力となります。ご協力をお願い致します。

 

「隣人のために存在する時、教会は初めて教会となる。」とはボンヘッファーの言葉です。使徒ペテロに「私の羊を飼いなさい」と言われたように、教会は主イエスから、この旅人の介抱を託されています。

 

宗教改革者ルターは1526年のこのテキストの説教の中で、この旅人の姿に義とされつつある罪人、現実には罪人でありながら、希望において義とされているキリスト者の姿を見ています。有名な「キリスト者は罪人であり、同時に義人である」というルターの義認論の基を見ています。

 

ルターのローマ書4:7講解からサマリア人の譬に関係する部分をご紹介致します。「以上のこと(すなわち我らは罪の中にいるが神は必ず我らを自由にしたもうこと)は次のような病人の場合に似ている。すなわちこの病人は最も確かな治癒を約束する医者を信じ、また約束された治癒を望んで神の戒めに従う一方、この医者が約束したことを果たすまで、約束された治癒を妨げないように、病気を悪化させないように、医者に禁じられたことから遠ざかる人である。いったい、この病人は癒されているのだろうか。いや、むしろ病人であると同時に健康なのである。彼は事実病人であるが、医者の確実な約束のゆえに健康である。医者が病人を癒すことは確実であるから、病人は、今や、彼をあたかも健康な者とみなす医者を信じている。なぜなら、医者は病人をすでに癒し始めており、死に至る病を病人に帰してはいないからである。善きサマリヤ人であられる我らのキリストは、同じ方法で半死半生の人間を、看護を要する彼の病人として宿屋に連れて行き、死に至る罪すなわち欲性(concupiscentia[23])を彼に帰せず、むしろその間に約束された治癒を望む希望において、この治癒が妨げられたり、また、罪すなわち欲性が増大するようなことを行ったり、行わないことを禁じながら、永遠の命に至る最も完全な治癒を約束して癒すことを始められるのである。それなら彼は完全に義人であるのか。そうではない。むしろ彼は同時に罪人であり、義人なのである。彼はまことに罪人であるが、彼を罪から解放し、最後に完全に彼を癒す神の認定(reputatione)と神の確かな約束によって義人なのである。(WA.56.272)」。またこうも言っている「だから、我らを同時に罪人、また罪なき者とみなしたもう神の憐みは驚くべきもの、いとも甘きものである。(ibid.270[24]」。

「なぜなら、罪は、もはや、あなた方を支配することはないからです。あなた方は律法の下ではなく、恵みの下にいるのです。[25]



[1] 「受け継ぐ」と訳されている言葉は、自分のものとするという意味もあります。同じような質問が以下の箇所にも、少しずつニュアンスを変えて出てきています。マタイ19:16~22、マルコ10:17~31、ルカ18:18~30

[2] ユダヤ人ならだれでも知っているシェマの祈りに出てくる一節です。シェマ イスラエル(聞け イスラエルよ)で始まるので、シェマの祈りと言われています。

[3] レビ記19:17~18「民の人々(あなたの国の人々)に恨みを抱いてはならない。自分自身のように隣人を愛しなさい。」

[4]29節「すると彼は自分の立場を弁護しようと思って」(口語訳)

[5] P.116~117

[6] ルカ福音書9:51~56

[7] ヨハネ福音書4:9

[8] ヨハネ福音書8:48

[9] アッシリアの首都はニネベです。預言者ヨナが神から宣教に向かえと言われたチグリス河流域の都市。しかしヨナはヤッファから海路正反対の西の果てタルシシュへ向かったのです。

[10] エズラ記1章

[11] エズラ記10章

[12] エズラ記4:1~5

[13] 紀元前358年~323年、哲学者であり、科学者でもあったアリストテレスの教えを受けていた。

「伝説によれば、アレクサンダーは神殿から祭司が行進してくる姿にひじょうに心うたれ、エルサレムを破壊しなかったのだという。彼はまたユダヤ人が特別の習慣に従うことをゆるした。」聖書の歴史 サムエル・テリエン著 創元社 P.53~54

 

[14] 出エジプト記32:19~29、歴代誌15:1~2

[15] 物語全体からユダヤ人と推定される。

[16] ガリラヤのカナでの婚礼の記事の中に、「そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。」(ヨハネ福音書2:6)という言葉を思い出して下さい。日本にも「清めの塩」なる

[17] ここは協調構文で書かれています。Αποδωσω(アポドウソウ 私が支払おう[直接法未来) σοι(ソイ あなたに)このΑποδωσωという動詞には「私が」という主語が含まれているので、通常人称代名詞は必要ありません。しかし、ここではεγω(エゴー 私が)という人称代名詞が別に添えられています。これは「他ならぬこの私が、」とか「私こそが」という力点が、この主語に置かれていることを示しています。「私は良い羊飼いである」とか「私はよみがえりであり、命である」という聞きなれた言葉も、協調構文で書かれています。

[18] 第1コリント3:11「イエス・キリストという既に据えられている土台を無視して、だれもほかの土台を据えることはできません。」

[19] 「私が言ったのを、あなた方は聞いている」というのは、以下の箇所のことです。ヨハネ福音書14:2・3「私の父の家には、住まいがたくさんある。もしなかったならば、私はそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたを私のところに迎えよう。私のおる所にあなたがたもおらせるためである。」(口語訳)14:18「私はあなたがたを捨てて、孤児とはしない。あなたがたのところに帰って来る。」(口語訳)新共同訳は「孤児」を「みなしご」と訳しています。

[20] ヨハネ福音書14:27~28(新共同訳は「平和」と訳しています)

[21] ローマ人への手紙4:5~8

[22] 「世界の名著 ルター」P.400 詩編講義69:5

[23] Concupiscentia(コンクピスケンチア ラテン語の読み方はローマ字読みです) reputatione はラテン語です。この文章の訳者でもある笠利尚先生は、キリスト教のお話 第三集P.58~59で次のように解説しています。「欲性」と訳した原語は concupiscentia です。この語は元来人間の欲情とか情欲と訳され、伝統的にもこの意味で用いられました。しかし、ルターはこれに新しく深い内容を与えています。彼はこの語のなかに人間を縛り上げ、突き動かす自己追及の力を見ております。人間はすべてを用い、神をさえ利用して自分自身を求めると言うのです。彼は『欲性とは原罪である』とも述べています。また彼は、律法を実行する facere ことと完全に実行する perficere ことを区別します。実行するとは、わざによって、額にしわをよせて精進し、罰を恐れたり報奨目当てに律法を行うこと。完全に実行するとは、律法のわざを喜び勇んで、自発的に行うことです。これは律法から自由でなければできません。この自由は神の恵みを信仰によって受け入れる所に生まれるのです。

[24] 「聖書解釈の歴史」出村彰、宮谷宣史編 ルター派の聖書解釈 改革者ルターを中心として 笠利尚 P318~319

Igitur(従って) mirabilis(驚くべきこと)et(そして) dulcissima(極めて甘きこと) misericordia Dei(神の憐みは),qui (神は)nos(我らを) simul(同時に) peccatores(罪人) et(そして) non-peccatores(罪なき者) habet(とみなしたもう)。

 

[25] ローマ人への手紙3:14