2022年8月28日日曜日

兄を迎えに来た父(2022年8月28日 聖日礼拝)

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)

讃美歌21 280番 馬槽のなかに(1、3節)
奏楽・長井志保乃さん 字幕・富栄徳さん

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「兄を迎えに来た父」

ルカによる福音書15章25~32節

秋場治憲

 前回はこの物語の前半、放蕩に身を持ち崩し、戻って来た息子に駆け寄って、首を抱いて接吻し喜ぶ父の姿がありました。今回はその後半、真面目な兄が父に食ってかかり、父を悲しませる、というお話です。今回は悲しむ父が主人公です。

今日のテキストには「『放蕩息子』のたとえ」という小見出しがついています。これは後半の兄も含めてつけられた小見出しになっています。この放蕩息子とは決して弟のことだけではなく、兄も含めて父の心を理解しない二人の放蕩息子について語られたお話しであるということを念頭において、本題に入りたいと思います。

 私は前回父がこの息子を迎えに走った、というお話を致しました。父親は走ることによってその威厳を失います。その威厳を失ってでも、なりふり構わず子供に向かって駆け出した、駆け出さないではいられなかったほど、それほど父の心は沸き立っていた。喜びで満たされていた。ボロ雑巾のような服を着て、重たい足を引きずりながら帰った来た息子めがけてこの父は駆け出したのです。息子の首を抱いて接吻し、「さあ、急いで最上の服を持ってきて、この子に着せなさい」という言葉は、その思い[1]を伝えています。

神は高きにいることをやめて、低きにつきたもうたのです。神は仕えさせることをやめて、仕えようとしています[2]。軍馬にまたがるのではなく、ロバの子に乗って来られたのです。

 聖書をよく読むと、神は低くなりたもうたから高き方であり、仕える方になりたもうたから、偉大な方であることが教えられます。しかしキリスト教の歴史を見ていると、392年キリスト教がローマ帝国の国教になって以来、その神観がローマの皇帝像と重なり合う傾向が見られます。ローマ皇帝が偉大であったように、神も偉大な方である。神は高きにいまし、力強い方、というのです。キリストがロバの子に乗ってエルサレムに入城されたこと、今日の讃美歌にあったように、御子がベツレヘムの馬小屋で誕生したことなど忘れられてしまったかのようです。

 今日のテキストにも仕える者になりたもうた父が描かれています。今回は放蕩息子の兄が登場してきます。25節には、弟が帰って来た時、兄は畑にいたと記されています。弟が放蕩に身を持ち崩していた時に、兄は畑にいたというのですから、大変です。畑とは働く場所であり、兄は朝から夕方まで一日中、汗水流して働いていたのです。一日の仕事を終え、疲れ果てて家に近づくと、いつもと様子がちがう。音楽が聞こえ、祝宴が開かれている様子。兄は一人の僕を呼び出し、「これはいったい何事か」と尋ねた。僕は「弟さんが帰ってこられました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。」と答えた。兄は怒って家に入ろうとしなかったので、父親が家から出てきて、この兄をなだめた。この「なだめた」という言葉は、以前にもお話ししたことがあると思いますが、未完了過去形が使われています。この時称は「~していた」、「~しつつあった」、「~せんとしていた」というニュアンスを持っています。この箇所は「なだめ続けた」「なだめようとしていた」というニュアンスがあります。この父親に対して、兄は次のように答えます。

「このとおり、私は何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、私が友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰ってくると、肥えた子牛を屠っておやりになる。」

私はこの兄の怒りは当然であると思う。畑にいて仕事をしていた者と畑を食いつぶした者、父と共にいて父に仕えていた者と放蕩三昧に遊び惚けていた者、こう考えると兄の言っていることは正しい。彼は正当な抗議をしている。兄は勤勉であり、従順であった。模範的で、立派であった。 

 ところがここに聖書理解の難しいところがあります。聖書は決して勤勉でないことを褒めてはいません。また道徳的に正しくないことが、好ましいとも言ってはいません。聖書はこの兄が立っているところ以上のことを教えようとしているのです。

 常識的に言えば兄は正しく、弟は糾弾されなければならない。しかし道徳的に正しいから、その正しさの故に、人は神様と結びつくと聖書は言わないのです。律法を徹底的に守ることが、神と人を結びつけることになるとは言わないのです。パリサイ人の正しさは、神と結びつかない、と言うのです。神の求めたもうものは、砕かれた魂であり[3]、神の恵みを、赦しを信じることである、と言うのです。ここに律法とか、倫理、道徳の世界を越えた福音の世界、宗教的な世界があることを教えようとしているのです。それでは福音の世界とは、どういう世界か。ここでは罪人が探し求められ、父が彼に走り寄って抱きしめる、ということが起こる。これが福音の世界。

「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。[4]

「私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」

 親鸞が歎異抄の中で「善人が往生するなら、悪人が往生しないことがあろうか」と言ったと伝えられていますが、これは宗教というものが分かった人の言葉であると思う。

 ところが兄にはこの世界が分からない。あれだけ父に心配をかけた弟が帰ってきた時、父が「この子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかった。」(24,32)と喜んでいる。しかも父親はこの言葉を二度までも繰り返している。これが兄には分からないのです。この弟は罰にこそ値するはずなのに、父が見つかっただの、生き返っただのと言って喜んでいることがさっぱり分からないのです。言葉を変えれば、兄は赦される世界があることがどうしても分からないのです。

 しかしこの父親は弟は死んではいなかったのに、どうして「この子は死んでいたのに生き返り、」と言うのでしょうか。これは聖書は死と言うものを単に肉体的なこととしてとらえるのではなく、神と人間との関係の中でとらえているからです。生きているということは、神と正しい関係にあることであり、神に背き、神から離反するとき肉体的には生きていても、神との関係においては死んでいるのです。だから「罪の支払う報酬は死である。[5]のです。この弟は父に背き、遠い国へと旅立ち、肉体的には生きていても、神との関係においては死んでいたのです。

 兄は父のもとにいて仕えていたけれども、その心は父ではなく自分に与えられる褒賞に向かっていたのですから、やはりこの兄も神に背き、父から離反して、死んでいたのです。

兄は父の言葉が分からなかっただけでなく、この弟に我慢がならなかったのです。肥えた子牛の丸ごとバーベキュウにワイン、音楽に踊り。これが父親の財産を食い尽くし、放蕩三昧に身を持ち崩した者に対する褒賞なのか。これは自分にこそ与えられるべきものであり、どうしてこんな弟なんかにあたえられるのか、というのです。

「『ぶどう園の労働者』のたとえ[6]」で朝から働いた者が、最後の一時間働いただけで一日分の労賃一デナリを受け取った者に対して不平を言ったのと同じです。表面的には父のため、主人のためと言いながら、その実、自分の利得とむさぼりへの欲求から神を求めていることが暴露されています。何年もの間父に仕えていたはずの兄が、弟が帰って来たことによって、その心が父には向かっていなかったことが暴露されてしまったのです。

 この兄の思いは単に弟に対する妬みだけではありません。この何年もの間身を粉にして、仕えてきた私の人生はどうしてくれるんだと言うのです。

「このとおり、私は何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。」この「仕える」という動詞は、「縛り付ける」、「結びつける」という意味をもった動詞で、名詞になると「奴隷」になります。さらに「言いつけ」と訳されている言葉は、「命令、指令、掟、律法[7]」という意味の言葉です。つまり兄は、何年もの間、奴隷として父の命令に従ってきたということになります。兄は<喜んで><うれしい気持ち>で仕えていたのではなく、義務感から、いやいやながら奴隷的強制のもとで仕えていたということになります。これは悲惨です。それだけではありません。兄がこれまで寄って立ってきた土台が、音を立てて崩れ去ったのです。

私たちは当然のことのように、<罪の赦し>ということを言いますが、これは倫理、道徳への挑戦です。倫理・道徳において「~すべし」といわれていることをしなかったり、「~すべからず」と言われていることをしてしまった者を赦すということは、倫理・道徳への挑戦以外の何物でもありません。兄は真面目であり、倫理的には正しいことを言っているのですが、それがどれほど父の心を悲しませているかが分からない。どうして分からないか。この兄にとって、神に近づく道は、自分の正しさ、或いは道徳的、或いは宗教的熱心を積み上げ、これに磨きをかけることであったからです。人間は自分の努力、精進の頂点に達した時、神と対座することが出来る、という訳です。従って道徳的、律法的な高さに到達しない者に対しては、審きはあっても赦しはないのです。パリサイ人にとって、自分たちが努力と精進の結果手にしたものを、罪びとが何もしないで手にするなどということは有り得ないことでした。神の国が罪人のために場所を備えているというのは耐えられないことだったのです。もしこれを認めるなら、自分たちが日々苦労して行っている断食、神殿への十分の一税、律法順守の生活のすべてが、無意味になってしまうからです。

 主イエスがパリサイ人を批判した言葉に、「あなたがたはまわりを白く塗った墓に似ている」というのがあります。これは偉大で立派なわざと思われるわざの中に、最も嫌悪すべき不従順があるというのです。他方レプタ2枚の中に、冷たい水一杯の中に最も高価な従順が隠されているというのです。

 「ところがあなたのあの息子が」という言葉に注目したいと思います。

「あなたのあの息子」という言い方は、第三者が言う言葉であり、家族の親しみ、苦難を分け合って生きるという響きはありません。実に冷たい言葉です。しかも言外に私の弟ではない、という意味を含んでいます。私たちも時としてこの言い方をすることがあります。「あの人(方・先生)」など。

 この兄に対して父の言葉は「子よ、」と呼びかけておられます。この「子よ」という言葉は、テクノンという言葉が使われています。このお話の冒頭に「ある人に息子が二人いた。」という言葉がありますが、こちらはヒュイオスという言葉が使われています。テクノンというのは、父親の財産を受け継ぐ資格のある者というニュアンスを持った言葉ではありません。これは家族の一員として呼ぶ言葉であると言われています。英語で言うとmy son my child の違いというところでしょうか。決して厳密に使い分けられているということではありません。 ヒュイオスは15章だけでも8回も使われていますが(11,13,19,21(2回)、24,25,30節)、ルカはここで父の兄への呼びかけに、テクノンを用いています。この短いお話の中での8:1の比率は際立ちます。ルカはこのテクノンという言葉に父の思いの丈を託したことは、明らかです。

 

 Τεκνον, συ(あなたは) παντοτε(いつも) μετ’εμου(私と一緒に) ει(いる), και(そして) παντα(すべてのものは)

τα(定冠詞) εμα(私のものは) σα(あなたのもの) εστιν(である).

 

31節は「わが子よ、」と訳したいところです。

 少々無理して敢えて日本語に訳すと「お前さん」非常に親しみと愛のこもった言葉。お前さんはいつも私と一緒にいる。父はお前さんを愛している。そして私のものは全部お前さんのものではないか。一切合財お前さんのものではないか。子牛や子山羊は問題ではないではないか、と言うのです。ところが父が自分の財産のすべてを兄に差し出しておられるのに、兄はこの父の財産を何一つ受け取れていないのです。面白いですね、というと不謹慎だと言って怒られそうですが、不思議な世界です。父は無代価で、ただで差し出しておられるのに、兄はそれを手にするために日夜精進に精進を重ね、それを手にするために奴隷的強制のもとで手を伸ばし続けているのです。

 父は更に言葉を続けて「あなたの弟は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」と兄に問うのです。この言葉がこの物語のテーマだと言った人がいます。兄が「あなたのあの息子が」と言って弟を排除したのに対して、父は「お前のあの弟は」と弟を兄を含めた家族の一員に戻すのです。この父には兄も弟も共に「わが子たちよ(My little children)」なのです。

 イエス様が語っておられることは、道徳的教訓ではありません。道徳的教訓のレベルでこの物語を読むと、初めから終わりまで不条理です。この不条理を打ち破るのが、「あなたの弟は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」という言葉です。<よかった、本当によかった。>という父の喜びです。ここには倫理、道徳を越えた父と息子の人格的な関係の世界、宗教の世界があるのです。親鸞は「弥陀が本願、親鸞一人がためなり」と言ったと伝えられていますが、この世界に通じるものがある。

この倫理、道徳を越えた世界、宗教の世界が目の前に展開された時、兄がそれまで寄って立ってきた土台が崩れさったのです。兄の世界とはパリサイ人、律法学者の世界であり、律法を守って生活する優等生にだけ報われる世界です。この最高の優等生である自分には<子山羊一匹すら>くれなかったのに、父の財産を食い尽くし、放蕩三昧に身を持ち崩して帰って来た最悪の劣等生である弟には<肥えた子牛>が与えられた時、優等生にだけ報われる神の土台は崩れ去ったのです。兄にしてみればこれまでの努力が水泡に帰した瞬間でもあったのです。同時に祭司長、律法学者、パリサイ人たち、律法の優等生たちの土台が崩れ去った瞬間でもあったのです。なぜなら彼らはそれらのわざを、褒賞を目当てに為してきていたからです。そしてこのことを受け入れることが出来なかった彼らは、主イエスを十字架の死へと追いやるのです。

しかし神殿で祈った徴税人のように、自分自身を弾劾するものは、神が義の衣を着せてくれるのです。丁度放蕩に身を持ち崩して帰って来た弟のように父が最上の着物を着せてくれるのです。ピカピカのサンダルがはかせられ、指には神の子の証として指輪がはめられているのです。これを受け入れるのが信仰です。私はあなた方の熱心や功績によってではなく、恩恵によって救おうとしているのに、どうしてあなた方は、自分を見出すに相違ないと思われるほどに自分たちの功績を誇るのか、と言われるのです。

 兄に代表される生き方は、道徳的に見ればすぐれた面もありますが、極めて大切な点を見落としています。彼らは神が罪人を招き、憐れみを示し給う時に、義なる方であるという点を見落としています。神の正義、義しさは、パリサイ人のように他人を裁くものではなく、罪人の罪を赦し、罪人を義なる者とする義しさであったのです。それゆえに、この父はこの長男を叱り飛ばしたり、切って捨てたりしてはいません。「あなたのあの息子は」と代名詞で呼んだ弟を、父は再び「お前のあの弟は」と家族の一員に戻し、「お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」と静かにかんで含めて、言い諭しています。その姿はちょうどべタニヤ村で「マルタよ、マルタよ」と言ってマルタを諭した時のように、その労を労いながら、父の心を伝えようとしていた姿と重なります。

 神の怒りと審きはゴルゴタの丘の上に下され、我らには罪の赦しとして、<よきおとずれ>として届けられたのです。

 主イエスはその後の弟のことについては、何も触れていません。後は自分で考えなさい、と言われているようです。この弟は良い息子に生き返ったことと思います。そして人々にあなたはよく立ち直りましたね、と褒められたかもしれない。しかし、その時この弟は、それは私の努力ではなく、ただ私に駆け寄って来てくれた父のおかげです、父の愛のおかげです、と答えたのに相違ないのです。だから私は喜んで、何でもしたい。喜んで父に仕えたい、と言うことでしょう。

 兄を迎える為に家から出てきた父は、兄の手を引いて宴会の席まで連れていくことができるでしょうか。父は弟が父から離れていたことを「死んでいた」と言っていますが、実は父のそばにいて父に仕えていたはずの兄もその心は、父から離れており「死んでいる」のです。弟は生き返ったのですが、兄は死んだままです。父はこの父の心を理解しない二人の放蕩息子に対して、<my little children わが愛する子たちよ> と呼びかけておられるのです。私たちはこの父の姿を忘れないでおきたいと思います。

 今日も告白した「使徒信条」は、「我らの主イエス・キリストを信ず」と告白しています。この「我らの」というのは、悔い改めてキリストを信じている者たちの、という意味ではありません。今日のたとえはキリストが、信じる者の主であると同時に、信じない者の主でもあることを伝えています。「正しい者にも正しくない者にも、雨を降らせて下さるからである。[8]」主はその慈愛をもって、私たちすべてを導こうとしておられることを忘れないでおきたいと思います。

 この主イエスの言葉に目覚めさせられたのが、最後に主イエスを十字架から降ろし、自分の墓に葬った議員でアリマタヤ出身のヨセフであり、律法学者ニコデモでした。

テクノンの例を挙げると「私の子たちよ(my little children-RSV)、これらのことを書くのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。たとえ罪を犯(したと)しても、御父のもとに(は)(私たちの)弁護者(で)、正しい方、イエス・キリストがおられます。」(ヨハネの手紙第一2:1)( )内の言葉は、より分かりやすくするために、私が追加したものです



[1] 創世記46章28~30 イスラエルはヨセフに言った。「私はもう死んでもよい。お前がまだ生きていて、お前の顔を見ることができたのだから。」

[2] マルコによる福音書10:45「人の子が来たのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである。」(口語訳)

[3] 詩篇51:19

[4] マタイによる福音書9:12,13

[5] ローマ人への手紙6:23

[6] マタイによる福音書20:11

[7] RSVcommandという英語を使っています。Lo(見よ)these many years(この何年もの間)I have served you(現在完了です 私はずーっとあなたに仕えてきた) I never disobeyed your command ;(そして私は一度としてあなたの命令に背いたことはなかった) yet(接続誌詞 にもかかわらず)you never gave me a kid(あなたは私に子山羊一匹すらくれなかった), that I might make merry with my friends. (私が友人たちと宴会をするために)

[8] マタイによる福音書5:45


2022年8月21日日曜日

友なるイエス(2022年8月21日 聖日礼拝)

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)

讃美歌21 493番 いつくしみ深い(1、3節)
奏楽・長井志保乃さん 字幕・富栄徳さん

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「友なるイエス」

ルカによる福音書18章9~14節

関口 康

「だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」

今日の聖書箇所は私が選びました。いつもは日本キリスト教団聖書日課『日毎の糧』どおりに選んでいますが、『日毎の糧』の今日の箇所が6月12日(日)の花の日・子どもの日礼拝の聖書箇所と同じだと気づきましたので、変更しました。しかし、今日の準備のために読み直した結果、解釈がとても難しい箇所であるということが分かりました。後悔先に立たず、です。

まずこれは「たとえ話」です。「イエスは次のたとえを話された」と書かれているとおりです。分かりやすく大げさな表現が用いられている可能性があることは否定できません。イエスさまが例示されたことを実際に言ったりしたりしていた特定の誰かが本当にいたかどうかは不明です。

しかし、イエスさまがこの話をなさったとき、共感する人がいたに違いありません。ただし、その共感には2種類ありました。なぜ「2種類」なのかといえば、このたとえ話の登場人物の姿を、自分に当てはめて「自分のことが言い当てられた」と感じるか、それとも自分以外のだれかに当てはめて「あの人のことだ」と感じるかの、どちらかの可能性しかないからです。

これが「何のたとえ」なのかは、はっきり記されています。「自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対する」たとえです。「対する」の意味は「反対する」です。抗議です。「自分は正しい人間だとうぬぼれてはいけない。他人を見下してはいけない」という非難です。

だからこそ、この話にどういう意味で共感するかが重要です。イエスさまのお言葉に共感しているときの自分の心の中に自分自身の姿が浮かぶか、そうでないかで、読み方が変わります。

私は今すでに結論的なことを申し上げています。イエスさまのご趣旨を考えれば、このたとえ話は自分以外のだれかに当てはめてはいけません。「あの人のことだ」と決めつけてはいけません。私自身も強く自戒します。このたとえ話を他人を非難する手段に使うだけなら最も悪いことです。もしほんの少しでもそのような誤解が広まるようなら、今日この箇所を取り上げて話さないほうがよかったと思えてきます。

中身に入ります。登場人物は2人です。ひとりは「ファリサイ派の人」、もうひとりは「徴税人」です。「ファリサイ派」の説明は新共同訳聖書巻末付録「用語解説」39頁以下に記されています。

「ハスモン王朝時代に形成されたユダヤ教の一派。イエス時代にはサドカイ派と並んで民衆に大きな影響力を持っていた。(中略)ヘブライ語『ペルシーム』は『分離した者』の意味であり、この名称の由来については種々の説があるが、恐らく律法を守らない一般の人々から自分たちを『分離した』という意味であろう」。

この説明によるとファリサイ派は「分離派」です。だれからの分離かといえば「一般人」です。最近は「芸能人でない人」が「一般人」と呼ばれます。私の嫌いな言葉です。「一般」の対義語が「特別」か「特殊」かで意味が変わってくるからです。自分たちは「特別」な存在だと自負する人が言う「一般人」は見下げる響きをまといます。逆に「一般性」が重んじられる場合(「一般常識」など)の対義語は「特殊」でしょう。見下げる響きがあるかどうかは、文脈に拠ります。

ファリサイ派の場合は、自分たちが「特別」であり、かつ「上の者」であると自負しているからこそ「見下す」のです。英語聖書ではlook down(ルックダウン)、オランダ語聖書ではneerkijken(ネールケイケン)(neer(ネール)が「下」の意味)という言葉です。いずれも「下を見る」という意味なので、見る人が「上」にいなければ成立しません。「上から」が省略されています。

このたとえ話に登場するファリサイ派の人が、どこで(where)、どのようにして(how)、だれ(who)を見下したかについてはイエスさまのお言葉に従うしかありません。

「どこで」(where)は「神殿」です。ただし、たとえ話ですので意味を広げて考えるほうがいいです。宗教施設です。「教会」も含めて。その最も典型としての「神殿」です。

「どのようにして」(how)は「祈り」です。この箇所に多様な解釈があると分かりました。この人が祈るとき「立って」いた(11節)ことが傲慢であるとか、「心の中で」祈った(同上節)のは、神に対してでなく自分に対する祈りなので、これも傲慢であるという解釈があるそうです。

結論を言えば、祈るときに立っていたことも、心の中で祈ったことも、そのこと自体が傲慢であることを意味しません。当時のユダヤ教で普通になされていたことです。普通だからこそ問題の範囲が広がります。わたしたちの祈りと本質的に同じ「祈り」で「他人を見下した」のです。

「最善の堕落は最悪」(corruptio optimi pessima コラプティオ・オプティミ・ペッシマ)というラテン語の格言があります。私の好きな言葉です。神殿で祈る行為は、人間の最高善です。最高善を用いて「他人を見下げる」最悪の行為に及ぶ人をイエスさまが描き出しておられます。

「だれを」(who)見下したのか。イエスさまはいろんなタイプの人を例に挙げておられます。「奪い取る者、不正な者、貫通を犯す者、この徴税人のような者」(同上節)。しかし、イエスさまがおっしゃっていることの趣旨に照らして最も意味がある言葉は「ほかの人たちのように」です。その意味は「自分以外の全人類」です。自分だけを除いて、残るすべての人を見下げています。

違うでしょうか。このファリサイ派の人は、イエスさまが例に挙げておられないタイプの人のことは尊敬するでしょうか。そうではないと私には思えます。どんな相手であれ、あら探しをし、どんな小さな欠点や落ち度であれ見つけて、「神さま、私はあの人のようでないことを感謝します」と祈るだけです。相手はだれでもいいし、落ち度や失敗の内容もどうでもいい。「自分がいちばん上である」と言いたいだけです。「自分以上の存在はいない」と無差別に見下げるだけです。

この人のことを私が弁護するのは変かもしれません。もちろんすべて想像です。おそらくこの人は孤独です。人の目がこわいし、他の人から批判されることを最も嫌がります。だからこそ、常に自分以外のすべての人を攻撃し、批判する側に自分の身を置こうとします。その究極形態が「神殿で全人類を見下げる祈りをささげる人」の姿です。

もうひとりの人は、正反対の祈りをささげました。「徴税人」はユダヤ社会で見下げられる存在でした。その人が「神様、罪人のわたしを憐れんでください」(13節)と祈りました。

どちらの祈りが「義とされる」(=「正しいと神さまに認めていただける」)ものであったかを考えてみてくださいというのが、このたとえ話の意図です。答えも記されています。「言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない」(14節)。

そしてイエスさまは、「だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」(14節)とおっしゃいました。「低くする」ではなく「低くされる」、また「高める」ではなく「高められる」と受け身で言われていることが大事です。「神さまが」そのことをしてくださる、という意味です。

イエスさまは、傲慢な人たちに踏みつけられている人を弁護してくださいます。イエスさまは、そのような苦しみの中にいる人たちの「友」です。

(2022年8月21日 聖日礼拝)

2022年8月14日日曜日

子どもを守る(2022年8月14日 聖日礼拝)

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)


讃美歌 主われを愛す(1、4節)
奏楽・長井志保乃さん 字幕・富栄徳さん

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「子どもを守る」

ルカによる福音書17章1~4節

関口 康

「つまずきは避けられない。だが、それをもたらす者は不幸である。」

お気づきの方がおられるかもしれません。今日の聖書箇所は、先週の週報で予告した箇所から変更しました。今日開いたのはルカによる福音書17章1~4節ですが、先週予告したのはマルコによる福音書9章42~50節でした。

両者は「並行記事」ですが、先週予告したマルコの箇所は読めば読むほど「逃げ道がない」ことが分かりましたので、「逃げ道がある」ルカに切り替えました。「逃げてはいけない」かもしれませんが、とにかくお許しください。

しかしわたしたちは、イエスさまの本心の内容まで、都合よく勝手に決めてよいわけではありません。マルコ(9章42~50節)の内容は、わたしたちの救い主、神の御子、イエス・キリストが、「わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、大きな石臼を首に懸けられて、海に投げ込まれてしまう方がはるかによい」(42節)とおっしゃった、ということです。

さらにイエスさまは、人間の体に2つある「手、足、目」のどちらか一方があなたをつまずかせるなら、つまずきの原因になっているほうの側を「切り捨てなさい」とか「えぐり出しなさい」とおっしゃった、ということです。

もちろんこれは、いま私たち自身が聖書を開いて目で見て確認しているとおり、聖書に確かに記されている言葉です。しかもイエスさまがおっしゃった言葉として紹介されているのですから、権威ある言葉に属しますし、見て見ぬふりなど絶対できません。

しかし、だからといって、この言葉どおりに本当に実行しなくてはならないと、わたしたちが考えなければならないかどうかは別問題です。

実例があるのです。多くは「手」ないし手首です。「足」や「目」の可能性がないわけではありません。「切り捨てる」「えぐり出す」までは行かなくても、「切り刻む」方々がおられます。

今はインターネットがあります。自分で自分の体を傷つけた写真をメールで特定の相手に送信したり、ソーシャルメディアで全世界に公開したりすることができます。

私も受け取ったことがあります。インターネットを私が使い始めたのは1998年ですので24年前です。これまでに何通かそのようなメールを受け取りました。1度2度ではありません。

「大きな石臼を首に懸けられて、海に投げ込まれるほうがましだ」のほうは、そういうことを本当にすれば二度と浮かび上がって来ませんので、「試してみました」というわけに行きません。しかし、それに近いこと、あるいはそれに等しいことを実行する方々が現実におられます。

そのようなことをなさる方々が、聖書の言葉、イエス・キリストの言葉、神の言葉に基づいてなさるかどうかは、その方自身しか分からないことです。しかし「そうである」と言われたことがあります。「聖書にそう書かれていたのでしました」。そういうことが現実にあるということを、わたしたちは認識する必要があります。大げさな作り話ではありません。

私がいま申し上げていることは、イエスさまに対する批判ではないし、聖書に対する批判でもありませんが、だからといって、自分の体を自分で傷つける方々を責めているのでもありません。「だれが悪い」「だれのせいだ」と言い合って解決する問題ではないと私には思えます。

しかし、たとえイエスさまであっても、言いたい放題ではまずいのではないでしょうか、いくらなんでも言い過ぎではないでしょうか、酷すぎではないでしょうか、くらいは言っておくほうがよさそうに思います。本当に実行する方々がおられるからです。実行する方々を責めているのではありません。「お願いですからやめてください。そんなことをなさらないでください」と懇願したい気持ちがあるだけです。

しかし、なぜイエスさまはこれほどまでに過激なことをおっしゃっているのでしょうか。その意図を考える必要があります。

「小さい者」(マルコ9章42節、ルカ17章2節)の意味は「子ども」です。「つまずかせる」と訳されているギリシア語は「罠(わな)」や「餌(えさ)」という意味を持つスカンダロン(σκανδαλον)という名詞の動詞形のスカンダリゾー(σκανδαλίζω)で、英語「スキャンダル(scandal)」の語源であるという話は、教会生活が長い方はお聞きになっているでしょうし、今日初めての方は、これから何度も聞かされる話ですので、ぜひ覚えてください。

「つまずかせる」というと、柔道の足払いや大外刈りのように足をひっかける技を仕掛けること、あるいは石や木の棒などを地面に置いてだれかの足を引っかける悪さをすることなどを連想するでしょう。

しかし、ギリシア語の意味はそちらのほうでなく、餌を仕掛けて動物や鳥などをおびき寄せ、餌を食べている隙を狙って上から網をかけて、捕縛することです。そのような意味だという意味のことが、岩隈直(いわくま・なおし)氏の『新約ギリシア語辞典』に記されています。

いま申し上げたことをまとめれば、「小さい者の一人をつまずかせる」の意味は、子どもに餌を与えて罠にかけるような騙し方をして、罠をかけた側の人(「子ども」と比較される存在は「大人」)の食い物にすることで、その子どもの心身をめちゃくちゃに破壊し、将来と人生から光を奪い、落胆と絶望へと陥れることです。

そのようなことが許されていいはずがないと、イエスさまが、実際に罠にかけられて食い物にされてボロボロに傷つけられ、自分の言葉で物も言えなくなってしまっているかもしれないその子どもたちの代わりに、ほとんど怒り狂うほどの勢いで激しい言葉を発しておられるのです。

「大人になるまでは誰からも傷つけられたことがなく、大人になって初めて傷つけられた」という方々が、現実の世界にどれくらいおられるかは、私には分かりません。しかし、傷を受けた年齢が低ければ低いほど、その傷を背負って生きなければならない年月が長くなります。

私は今、算数の問題のような話をしました。治る傷ならば問題ないと言えるかどうかも難しい問題です。しかし、まだ子どもであるときに、一生治ることのない傷を、大人である人から明確な悪意をもって、または悪ふざけで、心身につけられて、それを70年も80年も90年も背負って行かねばならないとなれば、だれにとっても大問題でしょう。

そのようなことを大人がしてはいけない、させてはいけない、という明確な警告をイエスさまが発しておられると考えることができるなら、最初に申し上げた自傷行為の問題とは違った次元と角度から、今日の箇所のイエスさまの言葉を理解することができるのではないかと思います。

しかし、今日マルコでなくルカを選んだ理由は、子どもを罠にかけて騙して食い物にするような悪党でさえ、子どもだけでなく大人相手の犯罪をしでかす人でさえ、もしその人が悔い改めるなら「赦してやりなさい」(3節、4節)と、イエスさまがおっしゃっているからです。

「そんな都合のいい話があるか」と私も何度も言われてきました。「キリスト教はずるい教えだ」と。たしかにそうかもしれません。しかし、今こそわたしたちは、自分の胸に手を当てて考えるべきです。「私は今までだれも傷つけたことがないだろうか。私のために苦しんでいる人がいないだろうか。赦してもらわないかぎり生きてはならないのは私自身ではないだろうか」と。

しかし、覆水盆に返らず、考えることしかできないし、考えても無駄かもしれませんが、全く考えないよりは、少しはましです。私も他人事ではありません。重い言葉であることは確実です。

(2022年8月14日 聖日礼拝)

2022年8月7日日曜日

平和に過ごす(2022年8月7日 平和聖日礼拝)

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)

讃美歌531番 こころのおごとに(1、4節)
奏楽・長井志保乃さん 字幕・富栄徳さん

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「平和に過ごす」

マルコによる福音書9章33~41節

関口 康

「わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。」

今日は8月第1日曜日です。日本キリスト教団が1962年に定め、翌1963年から実施している「平和聖日」です。1960年の日米安全保障条約に反対する国内の平和運動との関係で定められた日です。そのことを昨年度も申し上げました。

しかし、私には軍隊経験はありませんし、戦争の現場にいたことも無いし、キリスト教や他の平和運動の団体に属していません。私にできることがあるとすれば、聖書の中で「平和」は何を意味するかを解説することと、戦争が終わることを祈ることです。

無力さを痛感していないわけではありません。しかし、長年私を支えている言葉があります。メールのやりとりでした。20年ほど前です。現在、首都圏の国立大学で政治学を教えておられる教授です。私とほぼ同世代で、日本キリスト教団の教会に属するキリスト者の方です。

なぜ20年ほど前か。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件への報復を理由に始まったアフガニスタン戦争の勃発当初、私は30代でしたが、そのときも何もできない無力さを痛感し、悩んだからです。戦地に乗り込んで平和運動をする人がいることを知り、「あんなふうにできたらいいのに」と考えました。私はそういう人間です。考えるだけで行動が伴いません。

私の思いをその先生に伝えたところ、慰めの言葉をくださいました。「戦地に行って平和のために行動することと、自分が今いる場所で平和を享受し、平和に過ごすことは、本質的に同じ意味と価値を持つので、悩むことはない」(大意)というものでした。

目から鱗が落ちる思いでした。平和運動を日々展開しておられる方々には、まるで言い逃れをしているかのように響く言葉かもしれません。しかし、決して言い逃れではありません。事柄の本質に迫る言葉です。まさに20年、大切に受け止めてきました。

「自分が今いる場所で平和を享受し、平和に過ごすこと」は簡単で当たり前のことでしょうか。何十年も前から「平和ボケ」という言葉を耳にしますが、失礼極まりない言いがかりです。

平和憲法があるかぎり、わたしたちが徴兵されることはなく、自分が武器を取って戦地に立つこともありません。その平和憲法を、現政府が力ずくで変えようとしています。

徴兵が始まれば、戦地に行かされるのは今の子どもたちです。「教え子を戦地に行かせない」という言葉をまさか私が学校の教室で高校生たち相手に力説する日が来るとは想像していませんでした。本当にそうなる可能性がゼロでなくなっています。肯定する意味ではありません。

今日の聖書箇所の中で特に取り上げたいのは、40節の「わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである」というイエス・キリストの言葉です。

聖書のどの言葉も同じですが、ひとつの言葉だけを前後の文脈から切り離して、勝手な意味を押し付けてはいけませんので、本来ならば文脈の説明を欠かすことはできません。しかし、今日は特別に、別の方法を採らせていただきます。

今日ご紹介したいのは、新約聖書の最初の3つの福音書の中に、いずれもイエスさまの言葉として紹介され、おおむね同じ趣旨でありながら、内容が異なる並行記事がある、ということです。

マタイによる福音書12章30節(新共同訳22ページ)には「わたしに味方しない者は、わたしに敵対し(ている)」と記されています。ルカによる福音書9章50節(新共同訳124ページ)は「あなたがたに逆らわない者は、あなたがたの味方なのである」と記されています。

今日の箇所のマルコ福音書の言葉に近いのはルカ福音書のほうですが、マルコで「わたしたち」と書かれているところが、ルカでは「あなたがた」になっています。

言葉どおりに考えれば、イエスさまが範囲に含まれるかどうかの違いです。「わたしたち」にはイエスさまが含まれ、「あなたがた」にはイエスさまは含まれません。その場合「あなたがた」の意味は「教会」です。そして同時に「聖書の読者」です。あなたのことです。

マルコ福音書の言葉と、もしかしたら正反対の意味にもとれるのが、マタイ福音書の言葉です。「味方でない者は敵である」と言うのと、「わたしに逆らわない者」つまり「わたしの敵でない者は味方である」と言うのとで正反対の意味になるかどうかは考えどころですが、かなり違います。

いま挙げた3つの福音書の並行記事の中で、本当にイエスさまがおっしゃった言葉はどれなのかを決定するのは不可能です。それよりも大事なことは、3つすべてが同じひとりのイエスさまから発せられた言葉であると受け入れたうえで、その意味を重層的に考えることです。

このようなことは、私の考えを披歴するより、信頼されてきた参考書の言葉を紹介するほうがよいと思います。日本の教会で古くから読まれてきたアドルフ・シュラッター(Adolf Schlatter [1852-1938])の『新約聖書講解2 マルコによる福音書』(新教出版社、1977年)の今日の箇所のところにマタイ福音書12章30節についての素晴らしい解説があることが分かりました。

「決意のある、忠実な交わりだけが、どこまでもイエスに結びついて行く道である。真心からイエスの側に立たない人は、イエスの戦いの相手、戦って雌雄を決する、世の戦いの相手であるもろもろの力に奉仕し続けている。そこには真剣で、痛切な悔い改めへの呼びかけがあり、決断と決意を求め、どっちつかずの人びとを奮い立たせ、中途半端を裁き、ひそかな敵意を明るみに出し、その人がわれとわが身を投げ込む危険を教えている」(同上書105ページ)。

私なりの言葉で言い換えれば、マタイ福音書のほうの「わたしの味方でない者は敵である」というイエスさまのみことばは、その「敵」とイエスさまが戦闘なさるのではなく、「戦って雌雄を決する世の戦い」から決別して、「戦わないわたしの側につきなさい」という呼びかけを意味するということです。「戦わない決心と約束をしなさい」ということです。

この理解で正しいならマタイ福音書とマルコ福音書は矛盾していません。シュラッターが次のように整理してくれています。「前者〔マタイ〕は、私たちが自分たちのなまぬるいどっちつかずの行き方が気に入ってしまわないように防ぎとめる。後者〔マルコ〕は、私たちが自分たちの弱々しく、未熟な在り方のために気落ちしてしまわないよう防ぎとめている」(同上書106ページ)。

もう一度読みます。シュラッターによるとマルコのイエスさまの言葉には「私たちが自分たちの弱々しく、未熟な在り方のために気落ちしてしまわないように防ぎとめる」意味があります。

自分は安全地帯にいて、平和のために具体的な行動を起こせず、何をすればよいか分からないし、手をこまねいて状況を観察しているだけであることを苦にし、ただ悩むばかりだとしても、「戦わない決心と約束」をお求めになるイエスさまに逆らわないならば、その人々と共にわたしはいると、イエスさまが慰めてくださっている、ということです。

決して言い逃れではありません。「わたしたちが戦いを避け、平和に過ごすこと」が「イエス・キリストの味方」であることを意味します。それは日々の平和運動です。

(2022年8月7日 平和聖日礼拝)

2022年7月31日日曜日

待ちわびていた父(2022年7月31日 聖日礼拝)

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)

讃美歌21 460番 やさしき道しるべの(1、4節)
奏楽・長井志保乃さん 字幕・富栄徳さん

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「待ちわびていた父」

ルカによる福音書15章11~24節

秋場治憲伝道師

「しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。』」

今日のテキストは有名な箇所です。一般的には「放蕩息子の譬え」として知られています。とても易しいお話で、良きサマリア人の譬えと共に教会学校のテキストにもよく使われます。知らない人はいない、と言っても過言ではないでしょう。

しかしこの譬えに向き合うと、色々と考えさせられる難しい点も出てきます。第一はどこで切るかという問題。24節で切る人もいれば、最後まで一つのまとまりとして捉える人もいます。前半と後半、力点はどちらにあるのか。第二は弟と兄をどう考え、どう評価したらいいのか。第三はこの譬えは「放蕩息子の譬え」と呼ばれているが、主人公は誰なのか。この弟か兄か、それとも走り寄ってきた父親なのか。今回はこの前半、次回は後半、そしてその次は、この二人の後日談に焦点を当ててみたいと思っています。そんなことを念頭に置いて、テキストに入ってみたいと思います。

 12節には、ある人に二人の息子がいた。弟の方が「お父さん、私が頂くことになっている財産の分け前をください」と言った。申命記[1]には財産分与の規定があります。それによると古代イスラエルでは長子相続性を採用していたようです。長男は他の男子の二倍を受け取ることになっています。従ってこの弟は、父親の財産の三分の一を要求しているわけです。弟はその財産を分けてもらって、独立した生活を営もうとしているのです。現代においてもよく見られることです。身に覚えのある方もおられるかもしれない。「自分の可能性を試してみたい」とか「自分探しの旅に出る」とか、わずらわしい親の干渉を逃れて、自由に生きてみたいと夢ふくらませるのは、昔も今も変わらないようです。

13節を見ると、父親はその弟に財産を与えています。しかし当時の慣習としては、親が存命中の財産分与というのは極めてまれだったようです。子は相続権のみで実際にその財産を手にするのは、親の死後だったようです。人生経験の豊かな父親は、この弟に「今少し時期を待て」とか、「思いとどまった方がよい」とか、色々アドバイスをしたと思われますが、しかし、もし、うまくいかない時は、壁に突き当たって苦しんでみるのもよい、という思いを胸に、その分け前を渡したと思われます。

 「それでも、お父さん」と横から口を出すお袋さんを制して、「まあ、私に任せなさい」と言ったような情景も想像されます。主イエスの譬えというのは、いつも簡潔で、必要以上の人物は出てきません。今日の譬えも弟が家を出ていくという一大事であるにも関わらず、母親の姿は見当たりません。

 すると幾日もしないうちにこの息子は、すべてを金にかえて遠い国へと旅立った[2]、というのです。父親の心境はいかばかりか、察するに余りあります。受け取った財産の中には、羊や山羊、土地のほか、家族の思い出の品などもあったと思われますが、彼はこれらすべてを金に換えてしまったというのです。あたかも彼が信頼できるものは、金だけだと思っているかのようです。また金銭以外のものの価値に気づくには、彼は余りに若く、また自信に満ちており、前途洋々の未来が彼を包み込んでいました。家族の絆、愛などというものは自分の将来、可能性の妨げになる束縛でしかなかったのでしょう。

 そして遠い国に旅立った。言葉をかえれば、父親の目の届かない所、干渉されない所、自由の新天地を目指したのです。神は人間をプログラミングされたロボットのように支配しようとするのではなく、一人の自由な者として神に相対することを望んでいます。この自由はこの息子に見られるように、父の家からの自由という可能性も内に含んでいます。

 この息子ははじめから放蕩するつもりで、家を出たわけではありません。しかし事志しと違って、身を持ち崩すことになってしまった。多感な若者にとってこの世は誘惑が多く、悪賢い連中が手ぐすね引いて待ち構えていました。彼は持ち金をすべて使い果たしてしまった。これに加えて彼のいた地方に、飢饉が襲った。彼は背に腹は代えられず、やむなく豚飼いになった。この動物はユダヤ教では汚れたもの[3]であり、これを飼うことは、極めて屈辱的なものだったはずです。しかし日々の食事にも窮し、豚の餌であるいなご豆[4]を食べてでも飢えをしのごうとした。この時、彼は自分が豚以下の惨めな存在になってしまっていることに気づかされたのではないだろうか。

 ここで彼は「我にかえり」(新共同訳)父のところに帰っていくのですが、「我にかえり」という言葉は、ややもすると「悔い改めた」と理解されることがあります。原語は「自分自身に帰った[5]」という言葉であり、その意味で新共同訳の「我にかえり[6]」という訳は、原意を反映していると思います。もしこの言葉を我らが悔い改め、そのことが神を動かすと捉えるなら、聖書理解はあらぬ方向へと向かうことになります。私たちの悟りや善き行いが神を呼び起こし、神を動かすのではありません。「悔い改める」というのは、神の光に、慈しみに覆われて初めて為されることであり、私たちの中に起こった神の働きの結果なのです。この「悔い改め」を人間の発明品みたいに考えて、これをもとにして自分の救いに関して、神様と取引をする材料にするというのではないのです。この譬えは「父の愛のたとえ」であって、放蕩息子の自力更生の物語ではないのです。この段階では、この息子は果たしてお父さんが自分を赦してくれるかどうか、不安がいっぱいなのです。しかし、もう他に選択肢はないのです。彼は考えつく限りの謝罪の言葉を用意して、不安を胸に父のもとに向かうのです。

 しかし父親は、この息子がまだ遥かかなたにいたのに、その姿を見つけ脱兎のごとく駆け出したのです。遥かかなたの息子を見つけ駆け出した父親の姿は、終日家の外に立って息子の帰りを待ちわびていた、ことを示しています。以前にも触れたと思いますが、<神が走った>というのは、全聖書を通じてここだけです。オリエントの人々の世界では、年配者が走るということは極めて例外的なことでした。年配者は走ることによって、その威厳を失うのです。それでもこの父親はなりふり構わず、遠くの息子を目指して走りはじめるのです。これが今日のテキストのテーマです。我らはこの神のもとに、生かされるのです。

私たちの方から神の国に橋をかけることはできません。中世ヨーロッパのお城を思い起こして下さい。跳ね橋というものがあり、城の中からこの橋が降ろされるのでなければ、城の中に入ることができません。この橋が降ろされ私たちを迎えるための使者が遣わされた。その方の誕生を祝うのがクリスマスです。神は私たちを迎える為の使者として、主イエス・キリストを遣わされたのです。

復活後の主イエスが実になりふり構わず弟子たちに向かったように、今この父親はなりふり構わず、息子に向かっています。その父親の姿は息子不在の期間が父親にとってどれほど苦しい時間だったことか、どれほど待ちわびていた日々であったかを物語っています。寝ても覚めても心に思い起こすことは、この息子のことばかり。どんな姿であっても生きて帰ってきてくれさえすれば、一日千秋の思いで待っていたのです。次の言葉が、父親のその思いを伝えています。

24節「この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見

つかったからだ」

32節「お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたの

に見つかったのだ。」

99匹を傍らにおいて、一匹の子羊を探し出した時の羊飼いの喜びです。これがこのたとえのテーマです。100匹の羊のたとえでは、いなくなった羊をどこまでも探し歩く羊飼いの姿が浮き彫りにされています。その次のなくした銀貨のたとえも、見つかるまで探す姿が描き出されています。いずれのたとえともその締めくくりは、見つかった時には大きな喜び[7]が天にある、というものでした。今日のテキストはその大きな喜びとは、どれくらい大きな喜びなのか、ということを私たちに伝えています。父親は躍り上がって喜んだのです。

走り寄った父は、息子の首を抱き接吻した。家の庭に足を踏み入れる資格もない者が、雇人の一人同様の扱いを受ける資格さえない者が、父が走って迎えに来た。更に、あろうことか、首を抱いて接吻し息子として、破格の恵みを以って迎えられたのです。息子は用意してきた謝罪の言葉を語り始めます。「お父さん、私は天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。」しかしここで父親は矢継ぎ早に<三つの指令>を出しています。そんなことはお前が帰って来たということに比べれば、どうでもいいことだと言わんばかりです。父は息子に「雇人の一人にしてください」という言葉を語らせなかった、ということもできるでしょう。ここに出てくる三つの指令はとても大切なものです。一つ一つしっかりと受け止め、味わうべきことです。

最初の指令は、「急いで最上の着物を持ってきて、この子に着せなさい」というものでした。最初に私が注目したのは「急いで」という言葉です。口語訳では「早く」と訳されています。父親は豚の匂いのしみ込んだぼろ雑巾のような服を着た息子を、見ていられなかったのでしょう。父親は自分のはやる心を、抑えることができない様子が伝わってきます。父はこの息子の帰りを待ちわびていたのです。我らは主の再び来たりたもうことを待ち望んでいますが、神も私たちを待っておられるというのです。待って、待って、今か、今かと毎日外に立って待ちわびていた様子が、伝わってきます。

私たちは次の言葉をよく知っています。「狭き門より入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門は何と狭く、その道も細いことか。それを見出す者は少ない。[8]」確かにこの道は一人しか通ることは出来ず、愛し合う夫婦も、恋人も一緒に手に手を取って通ることは出来ません。一人分の幅しかないのです。

私たちは一人の例外もなく、いつの日かこの人生の終わりの日を迎えます。この死の向こうには何一つ持参することが出来ません。わずかばかり蓄えた財産も、大したことのない地位も、築き上げた名誉も業績も、夜を徹して学んだ知識さえも、何一つ持参することが出来ません。しかし、同時にこの道は放蕩息子を迎えた父親が、資格なき者を息子として迎えた父親が、私たちを待ちわびている道でもあるというのです。私たちが病院のベットで、一人悲しみの涙が枕を濡らす時にも、最後の道行きの時にも、この父に迎えられる希望を持つことがゆるされている。この幸いをかみしめたいものです。狭き門に通じる道は、慈愛に満ちた父の慰めと励ましに満たされた道だからこそ、狭き道なのです。

この着物は名誉と品格を表すもの。ボロボロになった豚の匂いのしみ込んだぼろ雑巾のような服に換えて、最上の服が着せられた。RSVBring quickly the best robe[9] , and put it on him ; と表現しています[10]。 この服は同時に私たちの罪、咎を覆うもの。何度も言いますが、創世記3:21には、「主なる神は、アダムと女に皮の衣を作って着せられた。」とあります。風が吹けば吹き飛んでしまう自前のいちじく葉ではなく、破れることのない皮の衣[11]が着せられたのです。この息子は父親の愛によって、その不法が、邪悪な思いが赦され、そして覆われたのです。それまでの古い自己追及に満ちていた息子は死に、父の愛によって甦らされた息子が誕生したのです。

ローマ人への手紙の中に「不法が赦され、罪を覆い隠された人々は、幸いである。[12]」という一節があります。この一節は詩篇32編の1・2節からの引用ですが、この一節を英語で見てみましょう。私たちは長い間英語を勉強させられてきたのですから、少しはその恩恵に預かってもいいと思います。男性は詰襟を着ていた時代の自分に帰り、女性はセーラー服を着ていた頃の自分に戻って読んでみましょう。

Blessed are those whose iniquities are forgiven, and whose sins are covered.[13]

Blessed are those(祝福された者たちとは次のような人たちである)

whose iniquities(その不正・不法・邪悪な思いが) are forgiven(赦された人たち) and whose sins(そして、その罪が)are covered (覆われた人たち)

私たちの中は多くの邪悪で満ちている。もし私たちの心の中にある思いが、走馬灯のようにスクリーンに映し出されたとしたら、一分と生きていることは出来ないでしょう。詩篇32編1~2節は、この息子の幸いを次のようにうたっています。

「いかに幸いなことでしょう 

背きを赦され、罪を覆っていただいた者は。

いかに幸いなことでしょう

主に咎を数えられず、心に欺きのない人は」(新共同訳)

不法が赦され、その罪が覆われた者が、祝福された者たちである。幸いなのはキリストの衣が着せられた者たち、キリストの義によって覆われた者たちであると言うのです。いちじくの葉に代表される自前の義は吹き飛ばされ、破れることのない皮の衣によって、父親の、神の真実によって覆われた者こそ、真に祝福された者たちであるというのです。この放蕩息子の他にもこの祝福に預かった人が、聖書の中に出てきます。そう言うと皆様はどんな人を思い起こされるでしょうか。その一人は他でもない、主イエスと一緒に十字架につけられた強盗です。私たちキリスト者は、自前の義を用意することが免除されているのです。この強盗はまさに手ぶらで、裸で、まさに罪人として御前に立ったのです。その身を委ねたのです。そして「あなたは今日私と一緒にパラダイスにいる。[14]」という祝福の言葉をいただいたのです。

次の指令は、「手に指輪をはめりなさい」というものです。この指輪は<印章指輪>と思われます。ベンハーが難破した船から助け出したローマの将軍の養子となり、将軍の息子として指輪が与えられます。この時の指輪が<印章指輪>だったと記憶しています。創世記にもその例があります。エジプトのファラオがヨセフにその全権を預けた証として<印章指輪>を与えています[15]。読んでみてください。この指輪の意味が分かると思います。ここでは<これはわが息子なり>と内外に示し、宣言しているのです。

 最後の指令は履物。僕(しもべ)は裸足です。彼はもはや僕ではなく、子である。自由人として、対等な者として扱われているのです。この意義はとても大きいのです。簡単に読み飛ばしてしまっては、福音の核心を見落とすことになります。自由な者として、対等なものとして、父の心を知るものとしての印であるというのです。「もはや、私はあなた方を僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。私はあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。[16]

私はここでルターの言葉を思い出した。「我らを同時に罪人、また罪なき者と見なしたもう神の憐れみは驚くべきもの、いとも甘きものである。罪は残存していると同時に残存していないのである。[17]」私たちは確かに罪にまみれた者、不信仰な者、邪な思いに満ちている者ですが、その罪が覆われ、邪な思い、行いが赦された者であるというのです。神が私たちの不法や邪な思いそして罪を赦す時、私たちは心の底から悔い改めさせられるのです。神は我らをこのように取り扱いたもうのです。祝福し、励ましたもうのです。キリスト者は自分の義を持つことから、自由にされている者、解放されている者なのです。私たちの義は、首を抱いて接吻してくださる方が着せて下さるのです。私たちが自前の義を自力でまとう必要はないのです。だから恐れず、新しいサンダルが履かされたのだから、自分の足で歩き始めようではないか、自分の人生を切り開いていこうではないか、というのです。

 私たちが「信じる」という時、確かに私たちが信じる信仰です。I believe なのです。私たち人間の信仰なのです。しかしこの私ほど頼りにならないものはないということは、私たちがよく知っている事です。「私」が主語の信仰ではどこまで行っても、「救いの確かさ」には到達できないのです。

ガラテヤ書4:9に「しかし、今は神を知っている、いや、むしろ神から知られているのに、・・・」という一節があります。北森嘉蔵先生はその著聖書百話の17で以下のように述べています。「聖書はまず、人間が『神を知っている』という側面を素直に認める。しかし、ただちに語をついで、『いや、むしろ知られている』と言いなおすのである。ここでは主体であったはずの人間が、かえって対象に変わるのである。逆に、対象であったはずの神が、かえって主体に変わるのである。人間が神をとらえているのでなく、神が人間をとらえているのである。信仰の確かさは『とらえている』ことの確かさではなく、『とらえられている』ことの確かさなのである。[18]

それでは使徒信条はどうかと言うと、使徒信条は I believeの後に<in>という小さな前置詞を置くことを忘れていません。このinは魔法のin I believe in Jesus Christ なのです。「イエス・キリストにおいて(示された、現わされた)神を、真実を、私は信じます。」というのです。イエス・キリストにおいて示された真実とは、今日の譬えが生き生きと描写しているように、不信仰な者を、罪にまみれた者を、資格無き者を両手を広げて受け入れて下さる方を私は信じますという告白なのです。これは全面的に神の側の働きによるものであり、揺らぐことはありません。私たちが不信仰であろうと、つまずこうと、転ぼうと変わることはないのです。

従ってこのI believe inは主イエス・キリストが私たちに代わって成し遂げて下さったことを、私は信じます(受け入れます)、ということなのです。これはこの信仰によって私たちが救いにまで到達するということではなく、私たちに代わって成し遂げられた救いが私に届けられたことを信じます、感謝していただきますという意味なのです。ここには私たちの能力とか、業とか、信仰心とかによるのではなく、主イエス・キリストが成し遂げ、私たちに無償で、無代価で、ただで届けてくださった贈り物を、私は信じますという告白なのです。

 ルターはこのことに関してローマ人への手紙の講解のはじめに「神はわれらを、われらの中にある義によってではなく、われらの外にある義と知恵によって救おうとしておられるからである[19]。そしてこの義は、われらから出たり、生まれたりするものではなく、別のところから、われらの中に入り来たるもの、この地上に生じるものではなく、天来のものなのである。したがって、まったく外的な、そして異なる義が教えられねばならない。[20]」と語っています。神様は私たちの外にある義と知恵によって私たちを救おうとしておられる、というのです。私たちがねじり鉢巻きで、眉間にしわ寄せて救いにまで登り行くというのではないのです。

私たちが失敗した時、問題に直面した時、悲しみに出会った時、私たちを支えてくれるのは、私たちの信仰心ではなく、神がイエス・キリストにおいて成し遂げて下さった事実に目をむけることなのです。私たちの中には、弱さと滅びしかないのです。そうするとこの I believe <我信ず>というのは、in Jesus Christ において成し遂げられた恩寵(恵み)を私は受け入れます、という意味であることが分かると思います。「あなた方は皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。洗礼を受けてキリストに結ばれたあなた方は皆、キリストを着ているからです。[21]」洗礼を受けた私たちは既に、今この時、キリストの最上の着物が着せられており、キリストの永遠の生命を着せられており、神の子の証としての指輪がはめられており、自由人の証としてサンダルがはかされ、積極的に自分の人生を歩む者とされているのです。だから、もはや死もよみも、何も恐れるものは残っていないという告白をしているのです。

 私たちは主イエス・キリストが私たちに代わって、罪の呪いを十字架の上で受け、私たちに代わってその刑罰を受け、よみにまで降られた。この方を神はご自身の右に座すものとされた。このイエス・キリストに結ばれている者は、主イエスと共に神のもとにまで引き上げられるというのです。これが私たちの「救いの確かさ」です。すべては主イエス・キリストが成し遂げてくださったのです。イエス・キリストにおいて示された無条件で、無代価で与えられている恵みを、私は受け入れ、信じますという信仰告白をしているのです。

 この告白をする者たちは、律法の下で強制されて<いやいやながら>従う者から、<いそいそとして><感謝と喜びに満たされて>従う者に変えられていくのです。外から束縛されてではなく、周りの目を気にしてではなく、自由で晴れやかな心で積極的に従う者にされていくのです。

 最後にもう一箇所ヨハネ黙示録の言葉を紹介して終わります。「すると、長老の一人が私に問いかけた。『この白い着物を着た者たちは、だれか。また、どこから来たのか。』そこで、私が、私の主よ、それはあなたの方がご存じですと答えると、長老はまた、私に言った『彼らは大きな苦難を通って来た者で、その衣を子羊の血で洗って白くしたのである。』[22]


[1] 申命記21:17

[2] 新共同訳「弟は自分のものを全部とりまとめて遠い所へ行き、」となっています。「とりまとめて」という言葉には、「換金して」という意味もあります。

[3] 1マカバイ記1:47、50 2マカバイ記6:18、7:1以下参照

[4] いなご豆はパレスチナ、シリア、エジプトに自生しているマメ科の植物で、さやの中の豆が熟すと甘くなって、家畜の飼料として用いられた。さやがイナゴに似ているところから、この名で呼ばれるようになった。

[5] (RSV)But when he came to himself  (ルカ15:17)              

[6] 口語訳は「本心に立ちかえり」と訳しています。

[7] ルカによる福音書15:7、 15:10

[8] マタイによる福音書7:13~14

[9] Robe 長くゆるやかな外衣、ローブ put on 着せる

[10] 22 “But the father said to his servants, ‘Quick! Bring the best robe and put it on him. Put a ring on his finger and sandals on his feet.New International Version

[11] 新約の光の中で旧約聖書」を読む者は、この衣が我らの罪を贖う主イエス・キリストを意味していることは、容易に察せられます。

[12] ローマ人への手紙4:7、詩篇32:1,2

[13] RSVより

[14] ルカによる福音書23:43 “truly I say to you , today you will be with me in Paradise. “(RSV)

[15] 創世記41:42

[16] ヨハネによる福音書15:15

[17] 世界の名著「ルター」P.422上段Mirabilis(驚くべきお方である) Deus(神は) in sanctis suis(その聖徒たちにおいて) , cui(この神に対して) simul(同時に) sunt(彼らは~である) iusti(義なる者であり) et iniusti(また不義なる者である)

[18] 「聖書百話」北森嘉造著P.44 筑摩書房 猿式の信仰と猫式の信仰を思い出さて下さい。

[19] Deus(神は) enim(つまり) nos(私たちを) non per domesticam(私たちの中にある) sed per extraneam(私たちのそとにある) iustitiam(義) et sapientiam(と知恵によって) vult salvare (救うことを望んでおられるからである)

 

[20] 世界の名著P,409上段 中央公論社

[21] ガラテヤの信徒への手紙3:26~27 ローマ人への手紙6:3、4

[22] ヨハネ黙示録7:13(9~17 白い衣を着た大群衆全体をお読みください)

(2022年7月31日 聖日礼拝)

2022年7月24日日曜日

見えるようになる(2022年7月24日 聖日礼拝)

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)
讃美歌21 402番 いともとうとき(1、3節)
奏楽・長井志保乃さん 字幕・富栄徳さん

礼拝開始のチャイムはここをクリックするとお聴きになれます

宣教要旨(下記と同じ)PDFはここをクリックするとダウンロードできます

「見えるようになる」

マルコによる福音書8章22~26節

関口 康

「イエスは盲人の手を取って、村の外に連れ出し、その目に唾をつけ、両手をその人の上に置いて、『何か見えるか』とお尋ねになった。」

今日の箇所のイエスさまは「ベトサイダ」(22節)におられます。地図によると、ベトサイダはガリラヤ湖の北端です。

パレスティナとは、北にガリラヤ湖、南に死海、両者をつなぐヨルダン川、そして西に地中海があるあたりを指します。イエスさまがお生まれになったベツレヘムは死海、そしてエルサレムに近い南側にあります。しかし、イエスさまが幼少期に過ごされたナザレや、イエスさまが宣教活動を開始されたカファルナウムは北のガリラヤ湖の近くです。

「都会か田舎か」という大雑把なくくりで言えば、エルサレムを中心とする南側は「都会」で、ガリラヤ湖側は「田舎」です。このようなことからいえば、イエスさまは、田舎育ちの人で、田舎伝道をなさった方だと、そのように説明することもできなくはありません。

そして、今日の箇所の出来事も「ベトサイダ」でのことだと書かれていますので、イエスさまの宣教活動の本拠地に近いあたりでの出来事であることが分かります。書かれていることによると、イエスさまと弟子たちがベトサイダに到着されたとき、人々がひとりの盲人を連れてきて、イエスさまに触れていただきたいと願いました。

「盲人」とは、目が不自由な人のことだと説明する以外にありません。それ以上のことは今日の箇所からは分かりません。生まれつき何も見ることができなかった人なのか、人生の途中までは見えていたけれども、だんだん見えなくなったのか。だんだん視力を失ったという場合、何らかの事故や病気で突然視力を失ったのか、それとも高齢になってきて自然に視力が衰えていったのか。そもそも全く見えないのか、少しは見えるのか。光を認識することができたのか、できなかったのか。そのようなことが分かるデータは提供されていません。

ここに書かれているのは、ただ「一人の盲人」ということだけです。このベトサイダでの出来事は、他の3つの福音書には出てきません。マルコによる福音書だけが記していることですので、他と比較することができません。そのことはつまり、この人の目のイエスさまに出会う前までの状態がどのようなものだったか、どの程度見えなかったかについて想像力を膨らませて考えることは可能であるということになります。

そうすることは今日のテキストによって禁じられてもいません。「一人の盲人」と書かれているだけですので、ふたり以上ではなかったことと、とにかく「盲人」と呼びうる程度の目の障がいを持つ人だったということだけが分かります。言葉が多い、説明が詳しいというのは、人間ならだれでもする、自分の想像力を勝手にどんどん膨らませていくことを禁じ、「そうではなく、こうである」と想像力の範囲を限定することを事実上意味します。しかし、今日の箇所でそのことはなされていませんので、勝手な想像を膨らませることは可能だということになります。

ですから、今日の箇所をわたしたちが読む場合、何通りでも考えうる可能性の中でわたしたちにとって受け入れやすい選択肢を選ぶことができると言えます。私はそれで構わないと考えます。どの選択肢が最も受け入れやすいかは、人それぞれの違いがあるでしょう。この箇所を読む読者自身の経験や体験に引き寄せて読むことも可能ですし、大事なことでもあります。なぜ「大事」なのかといえば、この「一人の盲人」は私によく似ている、私自身かもしれないと、この人のことを身近に感じることができ、親近感を抱くことができれば、それが最もよいことだからです。

ここでいきなり私の話をさせていただきます。私の目の話です。小学生のころ、「仮性近視」という病名をつけられたことがあります。右目と左目の視力が極端に違いました。それをきっかけに私の親が考えたのは家の中からテレビを追い出すことでした。もともとテレビがあったのですが、私が観すぎのところがあったようで、それで目が悪くなったと、本当にそうなのかどうかは分かりませんが、とにかく親がテレビを撤去しました。それ以来、私が高校を卒業するまで我が家にテレビはありませんでした。

それ以後はむしろ、よく見える目になりました。「見えない」という意味が分からないと思うほどよく見えました。眼鏡をかけるようになったのは30歳からです。「一生はずせない」と言われました。実は眼鏡なしでもよく見えるのですが、乱視になりました。眼鏡を外したままで3時間も過ごせば目・肩・背中・腰が痛みはじめます。いまかけている眼鏡は乱視矯正用です。

しかし、それだけでなく、次第に老眼です。「見えない」というほどではありませんが、「よく見えない」ことが増えてきました。

私の話はこれで終わります。どこにでもある、普通の話です。私が申し上げたいのは「見える」とか「見えない」というのは、実に多種多様な可能性があるということです。「目の前にあるのに見えていない」ものは、わたしたちにはいくらでもあります。その時々の主観的な興味や関心との関係で見えたり見えなかったりするのも、わたしたちの目です。聖書を開いても関心がなければ、ただの字の羅列です。

今日の箇所の「盲人」の目がどのような症状だったかは分かりません。比較的受け入れやすいと私に思えるのは、もともとはよく見える目の持ち主だったが、中途で失明された可能性です。失明といっても、全く光を認識できないほどではないし、もしかしたらある程度の何かは見える。ものの動きも分かる。もともと見えていたので、今ははっきり見えなくても想像力を働かせることができる。そういう「盲人」だったのではないかということです。その可能性を排除しなければならないデータがありません。

イエスさまはその人の目を見えるようにしてくださいました。何をなさったかは、この箇所に書かれているとおりです。「イエスは盲人の手を取って、村の外に連れ出し、その目に唾をつけ、両手をその人の上に置いて、『何が見えるか』とお尋ねになった」(23節)というのです。ひとつの言い方をすれば、手をつないで一緒に散歩なさったということです。「唾をつける」のは汚いとか、効き目があるのかとか思われるかもしれませんが、キスの一種だと考えてよいはずです。

つまり、イエスさまがなさったことをわたしたちに理解しやすい言葉で言い換えれば、一緒に散歩してくださる友達になってくださり、キスするほど愛してくださったというのに最も近いと、私には思えます。このように理解する可能性を排除する根拠はありません。

この人は視力を失って以来、寂しい毎日を過ごしていたのではないでしょうか。心がふさぎ、周囲で起こる出来事への関心を失い、喜びも感動も失って、孤立していたのではないでしょうか。

その人が最も求めていたものを、イエスさまがくださいました。それは愛と友情です。それが与えられたとき、周囲の人と世界に対する関心が呼び戻され、「見えるようになった」のです。

(2022年7月24日 聖日礼拝)

2022年7月17日日曜日

奇跡の意味(2022年7月17日 聖日礼拝)

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-13)


輝く日を仰ぐとき 奏楽・長井志保乃さん 字幕・富栄徳さん

「奇跡の意味」

マルコによる福音書8章14~21節

関口 康

「イエスは、心の中で深く嘆いて言われた。「どうして、今の時代の者たちはしるしを欲しがるのだろう。はっきり言っておく。今の時代の者たちには、決してしるしは与えられない」(12節)

こんなことは言い訳にならないのですが、昨日が私が今年度非常勤講師をしている高校の期末試験の採点結果を学校に報告する日だった関係で、特に金曜夜から土曜朝まで徹夜で高校2年生250人の答案の採点をして、昨日の早朝から夕方まで学校にいましたので、教会に戻ったらすぐに寝込んでしまい、気が付くと午前4時でした。他のことがいろいろおろそかになっていることを心からお詫びいたします。今週から夏休みです。

いま所属している学校は、中高全体で1200人の生徒がいます。私は1990年4月に24歳で日本キリスト教団の補教師になり、2016年4月に千葉県のキリスト教主義学校の常勤講師になるまでの26年間はもっぱら教会の牧師の仕事をしていましたので、言い方はまずいかもしれませんが、常に少人数の団体(教会)の中にいました。

よく言えば少数精鋭かもしれませんが、悪く言う必要はないかもしれませんが、甘えがあったというか、なんでも「なあなあ」で済む狭い世界に閉じこもっていたとしか言いようがない面がありました。そういう人間が大きな団体(学校)にも所属するようになりました。いまだに慣れないところと、早く慣れなければならないところとあるのを自覚させられています。学校で働くようになって今年で7年目です。

今日の聖書の箇所には、マルコによる福音書の8章1節から始まる一連の出来事を背景としてイエスさまがお語りになった言葉が記されています。

その出来事は、マルコによる福音書では2か所、よく似た内容の記事がありますが、共通するのはイエスさまのもとに集まった群衆にイエスさまご自身が食事をお配りになった点です。1度目は6章30節以下で、5千人の群衆に5つのパンと2匹の魚をお配りになって群衆みんなが満足した、というものです。そして、今日の箇所は8章ですが、4千人の群衆に7つのパンをお配りになってみんなが満足した、というものです。

「そんなことが起こるはずはない、うそに決まっている、全く信じられない」と反応する方がおられるのは当然です。ありえないことが起こることが「奇跡」です。予測可能なことや、物理的にありうることが事実として発生することを「奇跡」と呼びません。その意味ではわたしたちはこの出来事が「どのようにして」(how)起こったのかを考える必要はありません。種も仕掛けもあるマジック(手品)をイエスさまがなさったわけではないからです。

そのことより大事なことがあります。5千人の群衆に対するときと4千人の群衆に対するときとで共通する要素があることに気づかされます。ひとことで言えば、イエスさまはご自身のもとに集まった群衆のひとりひとりを心から愛しておられた、ということです。

5千人のときに次のように記されています。「イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた」(6章34節)。

そして4千人に対するイエスさまの言葉はこうです。「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしと一緒にいるのに、食べ物がない。空腹のまま家に帰らせると、途中で疲れ切ってしまうだろう。中には遠くから来ている者もいる」(8章2~3節)。

奇跡を信じられない方がおられるのは大きな問題ではないと思います。私自身にとっても他人事ではありません。しかし、イエスさまのお気持ちがどうだったかについて記されている、いま読んだ2か所の言葉については、ぜひ信じようではありませんか、と強く訴えたいです。

イエスさまは群衆のひとりひとりを愛しておられました。5千人、4千人と、ひとくくりにして、まるで飛行機の上から豆粒のように見える人を見るようにではなく、ひとりひとりを大切な存在として愛しておられました。その全員をなんとかして元気づけたいというイエスさまの願いが、奇跡を引き起こしたのです。そのことが大事です。

最初に私の学校の話をさせていただいたのは、自慢話や愚痴を言いたかったのではありません。いま申し上げている4千人、5千人という規模の人々が集まって聖書を学ぶ場がどのようなものかを想像するときのヒントを、私個人は学校で得ていると申し上げたいのです。

今はコロナで取りやめになっていますが、キリスト教主義学校の基本は毎朝の学校礼拝で全校生徒が一堂に会することから一日を始めることです。学校によって施設規模の違いがあり、全員が集まることができない場合もありますが、形式はともかく「千人礼拝」を毎日行っているのは、日本ではキリスト教主義の学校だけだと思います。教会でその真似はできません。

みなさんにもご経験がきっとおありでしょうから、私の自慢話をしているのではありません。学校礼拝のような場所で説教壇から見るとみんなの顔がよく見えます。居眠りしているのもすぐ分かるし、おしゃべりは論外ですが、機嫌が悪そうだとか、興味を持って話を聞いてくださっていそうだとか、ひとりひとりの気持ちや感情が、意外なほど分かります。

昨日学校で廊下ですれ違った2人の高校3年生に「ぼくらの名前を覚えていますか」とテストされました。昨年度1年間教えた生徒たちです。2人の名前をちゃんと言えたら、すごく驚かれ、喜んでくれました。全員の名前を言える自信はありません。しかし、私がもっと若ければ、全員の名前を覚えたい気持ちです。寄る年波には勝てません。

今日の箇所でイエスさまが弟子たちに「ファリサイ派の人々のパン種とヘロデのパン種によく気をつけなさい」(15節)と戒められていることの意味は何でしょうか。弟子たちは、自分たちがパンを持って来るのを忘れたことをイエスさまから叱られているのだろうと思い込んでそういう議論をしたようですが、イエスさまがおっしゃったことはそういうこととは全く違います。

ひとつの解説書によると、「ヘロデのパン種」と言われているのはサドカイ派のことではないかということですが、本質的な違いはないと言われています。「どちらにも同じ欠陥がある。つまり、人間が自己を誇り、自己を神の上にさえ押し上げ、自分の邪悪な性情を敬虔さの装いで飾る」点でファリサイ派もサドカイ派も共通していると言われています(シュラッター『新約聖書講解2 マルコによる福音書』新教出版社、1977年、87頁)。

言い方を換えれば、自己愛ばかりが強く、自己実現の欲求ばかりが強く、他人に対する関心が足りず、愛が欠けているということになるでしょう。

「奇跡」がどのように(how)起こったかの仕組みを知る必要はありません。レシピがあれば誰でも同じことを再現できるので「奇跡」でもなんでもなくなります。今日の箇所の最後の「数字合わせ」の意味も分かりません。「12」や「7」は聖書において特別な意味があると言われますが、どうでもいいことです。大切なことは、そこに「愛」があるかどうかです。

(2022年7月17日 聖日礼拝)